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電気な彼女 【ショートショート】

白い紙に黒いペンで枠を作るように、
前置きと断りを言ってから、
彼女は話し始めた。
白熱電灯の暖かい光に照らされて。

へんな話だけど、
聞いても忘れてくれていいからね。
あのね、電化製品が壊れるの。
あまりにも頻繁にね。
保証期間内に修理に出すのは恒例行事。
家の中だけじゃないのよ。
前に住んでた賃貸のオートロックも故障しちゃって。
管理会社と喧嘩しながら思ったわ、
もう都会を捨てようって。
それでカリフォルニアに移ったの。
伝手をたよって、北部の街の自然志向のコミュニティにアクセスしたわ。
愛や平和を重んじる居心地のいいところ。
しばらくはよかったけどれど、同じ問題にぶつかったんだよね。
雷がやたらと落ちて、
火の玉?みたいなのも増えて、
静電気からボヤになることも重なって、
結局、転出することになった。
人の多い都市の方が紛れやすくて楽なの、今はね。
あ、ちょっと「オカルト?」とか思ったでしょう。
そう思われても構わないけど、
これ見てごらんよ、
驚いたでしょう?suicaがこんなふうに真っ黒になっちゃうんだよ。
持ってるだけでね。
初めて気がついたのは、小学校の高学年の頃だったわ。
学級会で紛糾したときにね、
蛍光灯のフィラメントが切れたの。
大学入試の合格発表の会場でも、
旧友の訃報を聞いたときも、
デザインコンペで受賞したときも、
感情が昂ぶったり、気持ちが動いたりすると、そうなるみたい。
仕事で腹の立つことがあって、その晩の駅からの帰り道、
一定間隔の街路灯が、通り過ぎるごとに消えていったこともあった。
ぱしっぱしっと音を立ててね。
今?だから、人の多いところになるべくいるようにして、
停電もショートも私のせいだって思われないようにしてるんだよ。
全部が全部、私のせいなわけないじゃん。
でも本当に今日は助かった、
冷蔵庫も電子レンジも電気ケトルも一度に壊れてしまって、
すごく困ってたから。
家電屋、付き合ってくれてありがとう。
こんなことまで話すつもりじゃなかったんだけど、
なんだか打ち明けやすくて、つい喋っちゃった。

彼女が電気製品を壊すところを見たことがない。
僕と同じ空間にいても、気持ちが昂らないのだろう。
自分のスマホが壊れない安心感、それと一緒に寂しさによく似た感情が湧いた。
でも、さっきから白熱球の光が揺らいでいるような気がしなくもない。

考えていることを伝えて、この灯を消してしまうことができるだろうか。
自信はこれっぽっちもないけれど、
やってみたいと思う。

蝋燭の炎みたいに、店の灯がゆらゆらと動いている。


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