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その剣を指揮棒に。

書けないゾーンに突入していたのだろうか。
音も立てずに、静かに、そっと。
それは本体が成熟する過程を一本の帯とするのなら、動画の合間に繰り返し切り込んでくる広告のように、避けられないものなのか。
それとも、終幕後に訪れる束の間の静寂か。
古地図をめくるように書物と紙の山の頁を繰り、癖の強い走り書きに目を止めた。

「その剣を指揮棒に!
銃剣をバイオリンの弓に!
轟音をメロディーに変えて、
荒野は森に、緑繁る山々に、エメラルドに輝く海原に、逞しく続く赤い大地に!」

何を見てどう思ったのか、書いたときの感じを思い出すのは容易ではないが、心地よい電流を感じた気がした。思考よりも感覚のニュアンスで。絹糸を手繰るように、電気の源流を突き止めようと試みる。

2000年代まだ一桁のいつか、その楽団は素晴らしい演奏を提供してくれた。あまり知られていないオーケストラで、その国の名とクラシックの音楽はそれほど強い結びつきは連想させない組み合わせだった。

ーモルダウ。
深い深い緑色の幅の広い大河と赤茶けた家々の屋根の色。低い弦楽器の響きが、聴衆の魂を中欧の国チェコへと誘った。訪れたことのないプラハという街を、一同は確かに感じていた。
通い慣れたホールのステージに響きわたるハーモニー。
善良な気配に満ちた楽団員たち。
あまりにも有名なフライドチキン店の、ふくよかでどっしりとした白髪のお爺さんにそっくりの演奏家は、その姿にぴったりのコントラバスと一体となり楽曲を根底から支えているように見えた。
チェロのメンバーで目立っていたのは、仲の良さを隠しきれない、上機嫌な青年たち。これでもかというほどにアイコンタクトを重ね、ウインクをした瞬間、星屑が溢れたみたいな煌めきがそこら中に拡散した。ハートでも、もちろんかまわない。
よく見ると、国籍や人種が限りなく多種多様な楽団であった。人が2人以上集まれば争いは生まれるというが、様々なタイプの人々が集まって、こんなにも豊かな音色を、世界観を創り上げることができるのだと感動したのを思い出した。音楽は国境以外をも、たやすく越える。
たぶんおよそ、10年ほども前のある日の晩。時空も越えて鮮やかなビジョンと厚みのある音色を今日この日に届けてくれた。

音の塊は立体感たっぷりに、その手触りまでリアルに作品を造形する。
息を吹きかけるたび、新しい色が滲み、シャボン玉のように虹色を巡らせて幻想的に空間を彩る。
具体的な風景と相まって、その音楽でしか魅せられない豊かさ。ひとときの時間旅行の途中、ペン先から、キーボードから紡ぎ出す、軽やかで白い魔法の言の葉。形作るのは、横に大きく大きく広がる樹冠を持つ大木。渡り鳥の幼鳥たちはその言葉を次の街へ、遠くの異国へ伝えるに違いない。
音楽と文学は、チェロの2人のように視線を合わせ、ウインクをして、清浄な空気に満ちた部屋を与えてくれる。

歳を重ねるごとに、戦乱の映像のダメージは強くなる。
いつかのモルダウは、大人のこの日に力をくれた。イメージを高めるパワーを。
振り上げた全ての武器が美しい楽器に変わり、奏でながら、辺りに花を咲かせますように。罵声を歌声に、呪いを祈りに。

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