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【エッセイ】天職なんてない

noteみたいな平均年収が高そうな場所ですら、九割の人は、本当はこう思っているのではないだろうか。「天職だと感じた瞬間? ねーよw」と。

だいたい「天職」と聞いて、まず胡散臭さを感じる世の中である。

なぜなら「今の仕事が天職です!」と鼻息荒く言っている奴らは、サイバーエージェントを『卒業』して本を一冊出版して「なんちゃらコンサルタント」を自称しているか、ワーママたちの金に物を言わせたキラキラSNS(実際はそうでもしないと自己を保てない)を見た埼玉辺りの専業主婦が慌てて一週間で『資格』を取得してなった「ほにゃららアドバイザー」の、どちらか。何で飯を食っているのかよく分からない(きっとバカみたいな『お役立ち情報』を発信し、アフィリエイトで稼いでいる)上に、二年後にはSNSの更新が完全に止まっている、生きてるんだか死んでるんだか分からない奴らばかりだからである。

これで投稿を終えてしまってはnoteに書く意味がない。140字を越える日本語を読めない人間がはびこるTwitterでやれ、と港区在住で丸の内に出勤するnote愛読者に怒られそうだ。しかしTwitterでは書けない。毎朝Twitterを開くたびにフォロワーが減り続けていて落ち込むのだが、その減少速度に拍車をかけるだけだからだ。
(フォロワーを減らしたければ、旅行に行った、友達と会えて楽しかった、系の投稿をすると良い。誰もTwitterで人の幸せなんて見たくないから。ハッピー野郎の投稿は、加工のしすぎて没個性的に成り果てたインスタグラムか、ジジババしか見ていないフェイスブックでやれば良い。逆にフォロワーを増やしたければ夫か義母の愚痴を書くと良い)。

文字数が一スクロールにも達していないので、慌てて辞書を引いてみた。嘘である。息を吸って吐くように嘘をつく人間があふれる渋谷に住んでいると、つい……と、渋谷のせいにしておく。だいたい渋谷のせいにしておけば何とかなる。

そもそも家に辞書なんてない。インターネットで検索をかけて、それっぽく見えるサイトを探してみた。

1 天から授かった職業。また、その人の天性に最も合った職業。
2 天子が国家を統治する職務。
3 遊女の等級の一。大夫の次の位。天神。

デジタル大辞泉(小学館)

最も手近なのは3に見えるが、別の議論になりそうなので置いておく。
2は公務員と仮定する。しかし公務員でnoteを読んでいる人間はだいたい役所を辞めて起業しようと思っている2の脱出予備軍なので、除外しよう。

そうなると、1である。天性に最も合った職業。これ難易度かなり高くないか? 「うまい棒を食べながら、Youtubeで楽しく酒を飲むホストを観ている時間が一番幸せ」という人間(私です)に合った職業ってなんだ? こう見えて前職はメガバンクの法人営業だった。採用担当者の目が節穴だとしか思えないレベルで、きっと『天性』とはカスリもしていない。

周囲にも入行当時から「すぐ辞めそう」と言われていた。私自身も「金が貯まったらすぐ辞めて海外留学に行ってやる」と思っていた。しかしクソみたいな仕事(当時はそう思っていた)という現実から逃れるように海外旅行に年三回行き、ボーナスでブランド品を買い、実家暮らしのくせに金が貯まらないどころか親に借金をする始末で、なんと八年間も在籍してしまった。

銀行員が天職だったのかは分からない。しかし彼氏も習い事も一年と続かない私が、悲しいくらい妥当である他人からの第一印象を裏切って八年も働き続けた理由は、きっと金銭的な理由だけではなかったのだろう。「この仕事、向いてるよね」と言われる頻度は、営業という詐欺師と紙一重の職種柄、断じて褒め言葉ではないにせよ、年を追うごとに増えていったからだ。

融資部へ稟議を通すために取引先の社長と嘘をすり合わせて、奥さんと喧嘩して虫の居所の悪い上司に理不尽に怒鳴られ、ゴリラみたいな女の先輩に結婚が決まった途端にいじめられる。そんな毎日を繰り返していくうちに、いつの間にか「この仕事、向いてるね」と言われるまでになったのである。私の『天性』は、すりすりと媚びるように『職業』へ寄っていったのだろう。ただ、その日を生き延びてきただけで。無意識というものは怖い。

だから「今の仕事が天職だ!」と感じなくても落ち込むことはない。仕事を続けていくうちに、天性は仕事に合わせて変わっていく。うまい棒とホストの発信(ホストクラブに行ったことはない。絶対にハマるから近づかないようにしている)しか一年以上好きだったものは無い私が、銀行員を続けることができたように。日経のキーオピニオンリーダーらしい結論にたどり着くことができて心から安心している。そもそも出だしから落選確実だが……。

アカウントが凍結しそうなほど炎上しそうなことしか書いていないが、本文を書く上では町田康の『私の文学史 なぜ俺はこんな人間になったのか?』を参考にしている。苦情はそちらへ送ってもらうとして、苦情を言うからには礼儀としてまず当該書籍を読んで欲しい。腹を抱えて笑い、私への怒りが霧散されるだろうから。

著書は『これをやったら、誰でも、無名であろうが、なんであろうが、絶対に面白い文章を書くということができるというコツがあるんです』として、次のように述べている。

これはですね、「本当のことを書くこと」なんです。本当の気持ちを、その時々の本当の気持ちを書くことなんです。

(中略)
本当のことを書くと、エッセイが必ず面白くなるんです。でも、自分の文章的な自意識と、普通という、社会とか世間の自意識みたいなものを勝手に意識して、勝手に意味なく忖度して、そこにたどり着けない。自分の本当にたどり着けないんです。だから、自分の本当を書くためには、そこにたどり着く必要があるんです。

私の文学史: なぜ俺はこんな人間になったのか? (NHK出版新書)

本当のことなんて、「天職だと感じた瞬間? ねーよw」。これで良い。大丈夫、みんなそうだから。そう思っているうちに、天性が職業にぴったりと寄り添っていくから。もうすぐ7年になる私の母親歴は、ちっとも天職になる気配がないけどな。

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