アメリカ出張中にポルターガイスト現象が起きた話(前編)
冒険に出られていないので、前職時代の海外出張中の出来事を書き留めました。当時を思い出しながら書くと、リアルな物語チックになりましたが、こっちの書き方の方がスラスラ書けたので、このまま投稿します。
実話そのままなので怖くないかもですが、コイツは初心者だという広い心を持ってお読みいただければ幸いです。
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これは、私がまだ新卒1年目の商社時代の話。
入社早々とあるプロジェクトのため、私は2ヶ月間、米国某州のど田舎の勤務先へ飛ばされた。
見渡す限り、地平線までトウモロコシ畑の丘陵地帯。田舎と言っても山や森や川などの自然があるわけではなく、ただ広すぎる大地があるのみ。つまり何もない。
滞在先は寂れた田舎街の長期滞在用のホテル。何年も塗り直された気配が感じられない看板の奥に、二階建ての建物がある。ホテルと言っても全部で10部屋しかない。駐車場から建物に入ると、照明の暗さも相まって、一層薄暗さを感じさせる。
フロントには毎日同じ女性スタッフが1名いたが、話しかけてもにこりともしないどころか、こちらを見もしない愛想のなさ。部屋はキッチン付き。日本の私の1Kのアパートの3倍以上で広さは申し分ないが、全体的に薄暗く年季が入っている。加えて戸棚の食器類は薄くホコリがかぶっており、いつから使われていないのだろうと思わせる。ベッドのシーツは湿っぽい感じがしてなんだか気持ち悪い。そんな陰気臭いホテルに、取引先と一緒に滞在していた。
生活はというと、毎日4時起きでお弁当を作り(現場には昼食を取れるレストランなど皆無なので部屋のキッチンで支度)、片道1時間半のドライブを経て勤務先に出社。17時ごろまで働き、交代して1時間半運転しながら19時半にホテルに帰宅。
ようやく休めるかと思いきや、クライアントや業者と会食も毎晩のようにあり、就寝は0時を回る生活。海外のホテルはどこもそうかもしれないが、電気をつけても部屋が明るくならず、視力の悪化を懸念した。そして休みは日曜だけで、その貴重な休みさえもバーベキューやらの準備に駆り出される始末。
ザ・疲弊である。
慣れない仕事で休むまもなく働き詰めで睡眠不足。幸か不幸か、生きるのに必死で部屋の環境を気にするほどの精神的余裕はなかった。
他の出張者も疲労で口数が少なくなる中、一人だけ、仕事終わりにいつも話しかけてくる業者の山中さん(関西出身)がいた。ベテランのエンジニアだが、年下にもフレンドリーで、ものすごく喋る人だった。
「さぶちゃん(私)よ〜、俺の部屋おかしいねん」
「なんですか」
「電気消して部屋でとるんに、帰ったら電気つとんねん」
「消し忘れたんじゃないですか」
「違うねん、もう5日連続、毎日部屋帰ったら電気ついとんねんで?しかもな、夜中電気突然ついたりするねん、おかしない?」
「いや、それ電球壊れてんですよ、フロント行って取り換えてもらえばよくないですか」
「俺英語できへんねん、さぶちゃん通訳してや〜」
「それは私の仕事じゃありません、お疲れ様でした」
誤解しないでいただきたいが、私は普段こんな塩対応な人間ではない。だが当時は慣れない仕事、環境で疲労困憊、おしゃべりな関西のおじさんの野暮用に構っている余裕はなかった。
翌日、また山中さんが話しかけてきた。
「さぶちゃん聞いてや〜!電球交換してもろたで、あのフロントのねーちゃんほんま愛想ないわ」
「よかったですね」
「よくないわ〜、昨日電球取り換えてもろたんにな、今日帰ったらまた電気ついとんねん。テレビもついとんねん。これポルターガイストちゃうか?」
「ポルターガイストって笑。もしかして日中清掃係が入ってきてるとか?」
「はーん。ほいで毎回消し忘れていくと?確かにここのスタッフはありそうなこっちゃ。さぶちゃんフロントのねーちゃんに部屋勝手に入らんといてゆーてくれんか?あとエレベーター変な臭いするゆーて。通気口の換気悪いんちゃうか」
「私は雑用係じゃありません。エレベーターは知らないですけど自分の部屋のお風呂も換気扇入れたら変な臭いしますよ。このホテル古いし換気扇とか空調とか掃除してないんですよきっと。おやすみなさい」
「さぶちゃん聞いてや〜」
明くる日、度々の塩対応の甲斐虚しく、再び山中さんが話しかけてきた。
「フロントのねーちゃんに聞いたねん!そしたら、誰も部屋に入っとらんゆーて。ここ長期滞在用やから、基本清掃係のメイドは週一しかこんし、しかも俺ら出張者は清掃不要って最初から要求あったから、今まで誰も入っとらんって」
確かに、今まで気にしていなかったが、部屋のベッドメイキングやクリーニングはされておらず、ベッド脇においたチップもそのまま、部屋に誰か入った形跡はなかった。
「つまりや、やっぱこれポルターガイストちゃうか。昨日なんか交換してもろたんに風呂入っとる最中に電気切れて、びしょびしょで真っ暗な廊下出て元電源カチカチせなあかんかったんで。ぶつかるし最悪やわ」
「お風呂の最中は最悪ですね。仕事用のヘッドライトお風呂に持参しなくちゃですね。明日も早いしもう早く寝ましょう、おやすみなさい」
山中さんの事が気にならない訳ではなかったが、どうも関西弁だからか怖がっているようには感じないし、どこか冗談っぽく聞こえた。
そんな呑気な思いとは裏腹に、私は翌日、実際にポルターガイスト現象を目の当たりにすることとなる。
「今度はどうしたんですか」
明日は休みだから、と会食後、クライアントと24時間営業しているシェイクのチェーン店で一気飲み競争というひどく大人気ない争いに参加させられた後だった。
「俺の部屋、いよいよやばい思うねん。電子レンジも勝手に動くようなってもうたってどゆことなん?俺帰ってきた瞬間にチンっていうねん。なあ、これほんまに呪われとるんちゃうか?」
「電子レンジ?」
部屋の電子レンジはアメリカ製の回転する旧式のモデルだったが、無駄に機能があるらしく謎なスイッチがたくさんあった。使い方は未だによくわからず、いつも適当なボタンを押して、適当に温めていた。
「あの電子レンジは自分も使い方謎で、止め方とかわからないんです。もしかしてずっと回ってたとか」
「いやいや何時間も回り続ける分けないやろ、しかも俺あのレンジよーわからんから使ったことないで。いくら俺でも心労きたしとるわ」
そう言い合っていると、先輩が部屋から顔を覗かせた。
「おい、あんなにミントシェイク飲んでたのに元気だな、うるさいぞ」
「あ、先輩。電子レンジも壊れたらしいですよ」
「さすが山中さん、ツイてますね」
先輩は冗談っぽくニヤリと笑った。
「ツイとらんわ!いや、逆に俺にへんなもんツイとるんちゃうか!?絶対ポルターガイストや!ほんまお手上げやで」
「ポルターガイスト?またまた〜山中さんともあろうベテランが何をおっしゃるんですか」
「ほんまに勝手に動くねんて!信じてへんのやな?来てみ!みしてやるわ!」
仕事では冗談で場を盛り上げるキャラの山中さんだが、口調が荒く真剣な表情だった。大抵適当に流して関わらない先輩も、これには少し唸った。仕方ないなぁ、そう呟きながら先輩が行くというので、私も渋々ついていくことにした。部屋は2階のようで、エレベーターに向かった。
チーン。ドスンッ。
重そうに扉が開く。古すぎて乗るのが怖いくらいのエレベーター。乗り込むとブワッと異様な臭いがした。
「うわっ」
「このエレベーターくさっ!」
私と先輩が悲鳴をあげ、思わず鼻を摘んだ。
「ゆーたやんエレベーター変な臭いするって。君ら1階やし知らんだろうが。しかも揺れるしな。古い海外製は怖いわ〜」
「あ、でも自分のお風呂の換気扇からも同じような臭いが。ここまで酷くないですけど」
「ま、明日清掃係くるらしいし、最初だけですぐ慣れるで。そんなことより俺の部屋や」
チーン。ドスンッ。
縦に揺れてエレベーターが停止。第二ラウンドと言わんばかりに、妙にゆっくりと扉が開いた。
薄暗い廊下を歩き、204号室の山中さんの部屋へ到着。カードキーでドアを開ける。
「ホラみてみ!また、電気ついとる!」
3人ともぞろぞろ部屋のダイニングまで入った。私の部屋と同じ広めの間取りが広がっていた。入ってすぐキッチン、真ん中にダイニング、奥に寝室。特に変わったところはない。
「つけたままだったんじゃないんですか」
先輩が言った次の瞬間、バチン!と一瞬で電気が消えた。
「うお」
突然の暗闇。目がチカチカした。
「俺は消してへんで!スイッチの場所しっとるやろ!」
確かに、スイッチの場所は入り口だ。光が一切なく、何も見えない。真っ暗闇で広い部屋を移動するのはなかなか至難だった。少し目が慣れると、私はゆっくり壁をつたい、手探りで入り口のスイッチの場所までいき、スイッチを押した。
「あれ」
電気はつかない。カチカチ何度押してもつかない。
「電気つきません!」
ちょっと焦り始める。
先輩と山中さんも同じように壁をつたいキッチンへ通りかかった瞬間、
「ブオーン・・・」
「うおっ!」
突然の音と光に身体がビクついた。オレンジの明かりが壁を照らしていた。
振り向くと、暗闇の中で眩しい灯りを放ち、電子レンジの台だけが、ゆっくりと回っていた。何も乗せないまま。
不意だった。私は壁にしがみついたまま、声も発せず、動けず、ただレンジの目の前の空間を凝視した。レンジの光に照らされた空間だけ生きているようだった。
モノが勝手に意思を持って動くはずがない、ならば。ナニかが、目に見えないダレかが、レンジの目の前にいるのではないか。我々3人の他に、この部屋にいるのではないか。そんな気がしてならなかった。異様な光景と原因のわからない恐怖に支配され、動けなかった。
他二人も呆気にとられたように、固まっていた。
程なく、チンッという音を立てて、レンジが止まった。
ふと我にかえり、もう一度カチッとスイッチを動かすと、今度はちゃんと電気がついた。
「な?!ポルターガイストやろ!?どうしてくれんねん!オタクらが手配したホテルでこんな現象起きとるんで?」
思い出したように、山中さんが声を荒げた。
「待って、何か聞こえる」
先輩が山中さんを遮ぎった。耳を澄ますと、確かに、小さい声が聞こえる。
「ああ」
そう山中さんが呟き、寝室に向かった。
「ホラな」
指した指の先、テレビがついていた。通信販売のCMが流れていた。
「な?こんなんたまらんわ」
山中さんが先輩を睨んだ。
「ここしか長期滞在できる場所がないんですよ、申し訳ないですが。今日はもう遅いんで明日、部屋を変えましょう。隣の角部屋空いてるでしょう」
先輩が、やれやれと疲れたように言った。
「待て待てと。これポルターガイストって認めるやろ?俺、ほんまにこの部屋になんかおる気がするねん。さぶちゃんはどう思う?」
「うーん...普通の故障じゃないですよね...でもここはアメリカだから、電磁波とか?ボルテックスとか?ありえないことが起こりえるのかも」
不意に山中さんからふられ、とっさに適当なことが口から出た。ポルターガイストの定義がなんのなのか知らないが、「この部屋にナニカいる気がする」という山中さんには密かに同意した。モノが勝手に壊れて動いているのではなく、ナニカが意思を持って電気を消し、レンジを回し、テレビを見ている...そんな感じがした。だが目に見えないナニカの存在を認めたくなくて、言わなかった。
「とにかく。僕は、これはいくら考えても答えを出せる自信はない。考えるだけ時間の無駄。とりあえず明日さぶろに部屋替えを手配させますから」
先輩がそう無理やり締めて、各々部屋に戻った。
翌日、あんな事態になるとは、この時は思いもしなかった。
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後編へ続く。
長くなったので一旦切ります。
急展開します。予想外の事態が起こり、予想外の事態が発覚しました。
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