「COVID-19(新型コロナウィルス)の感染拡大」について中国兵法を用いて解決策を考える
<2020年2月14日付 中山レポート>
中国兵法のフレームワークに構成要素を当てはめる
[外敵]: COVID-19(新型コロナウィルス)
[国是]: 「COVID-19による致死率の減少」
[兵略]:
・政略(外交)/COVID-19感染予防策
国レベル/検疫策。
個人レベル/手洗い、うがい、マスク着用など。
・戦略(戦争)/COVID-19感染から発病、治癒まで。
・将略(知・仁・勇)/医療現場のドクターやナースの采配(ドクターの知識経験による知恵、ナースの手厚い看護、二次感染を恐れぬ医療スタッフの勇気)。
・謀略(情報の収集と操作)/MHLW(厚生労働省)検疫官によるサーベイランス、NIID(国立感染症研究所)によるCOVID-19の研究、COVID-19の人体への影響減、COVID-19との共存。
[兵術]:
・天文(平時の備え)
国レベル/検査キットの備蓄、感染医療に必要となる防護服やマスク、ゴーグルなどの備蓄。
個人レベル/日常からの健康管理(体調安定、栄養補給など)。マスクの備蓄。近隣保健所への連絡方法の確認。
・地理(有事の戦い)/感染拡大を防ぐ為の隔離施設の増強。情報の非対称性を無くし、最新情報の共有。恐怖心を煽るデマ情報を撲滅し、リスク情報の共有。既存薬を応用したダメージコントロール。
・人事(後方支援)/前線での医療従事者の確保及び医療設備や器具備品等を安定的に供給。現場医療を周辺でサポートする人材の増強。COVID-19ワクチンの研究開発費用確保。
[兵制]:
検疫からトリアージ、一時隔離、医療施設への搬送体制の構築(検査体制、隔離体制、感染医療看護体制の構築)。WHO(世界保健機関)やMSF(国境なき医師団)などとの連携。政府機関との情報共有体制。感染によって重篤化する可能性がある人の基礎体力増強や健康を促進する体制。
[兵器]:
感染検査キット。COVID-19ワクチン。類似症状に対する既存薬。人工呼吸器。酸素。感染医療に必要となる防護服やマスク、ゴーグル。感染患者の基礎体力や免疫力。患者の強い気持ち(モチベーション)。専門医の知識や経験に基づく知恵。
[兵家]:
WHO、MSF、MHLW、NIID等の感染医療の専門家。ドクターやナース、検疫官。
[兵誌]:
人類と感染症の歴史。WHO、MSF、MHLW、NIIDのこれまでの経験値や実績。
「孫子の兵法(中国古典)」によりKFSを導き出す
2,500年ほど前にまとめられた中国の代表的な兵法書である「孫子」には、単なる戦いのかけひきだけではなく、人生を生きていくうえでも参考になる点が少なくないと言える。「孫子」にまとめられた戦略・戦術が、今の時代においても有効性を持っているからであろう。「孫子」は、どうすれば戦いに勝てるか、どうすれば負けない戦いができるか、その理論を追求した本であるが、その前提には以下の二つの考え方がある。
1.「戦わずして勝つ」
戦いに訴えて相手を屈服させるのは最低の策であって、戦わずして目的を達するのが理想の勝ち方だとしている。武器をとっての戦いともなれば、どんなに上手く戦っても味方にも損害が出る。下手をすれば国力の疲弊を招きかねない。そんな勝ち方は、仮に勝ったとしても誉められた勝ち方ではないのだとしている。戦わずして勝つとは、あえて戦いに訴えなくてもこちらの目的を達することであり、具体的には「外交交渉」などを活用することにより、紛争を解決することができれば目的を達することが可能である。このような勝ち方が望ましいのだとしている。「孫子」の考え方は、ある意味で政治優位の思想に立脚していると言える。
2.「勝算なきは戦うなかれ」
戦いを始めるからには、事前にこれなら勝てるという見通しをつけてからやれとしている。熟慮もせず勝算も立たないのに断行するやり方を厳しく戒めていると言える。
上記のニつを前提とした極めて柔軟、かつ合理的な発想による戦略・戦術の理論をまとめているのが、「孫子」であると言える。
KFS-01「算多きは勝ち、算少なきは勝たず」
前述した前提条件の一つであり、勝算なきは戦うなかれということである。戦いを始めるからには、事前にこれなら勝てるという見通しをつけてからやれということである。少なくとも8分くらいの勝算をめどに戦う必要があり、それ以下の勝算であるならば安全な場へ逃げ、体制を整える必要がある。今回の国是に当てはめ鑑みるならば、戦に勝つということは、例えCOVID-19に感染したとしても重篤化せずに回復出来るという見通しが8分は必要であるということになる。
KFS-02「百戦百勝は善の善なるものに非(あら)ず」
百戦百勝したとしても最善の策とは言えない。前述した前提条件のもう一つであり、戦わずして勝つのが理想である。戦いに訴えて相手を屈服させるのは最低の策であり、戦わずして目的を達するのが理想の勝ち方であるとしている。更に、戦わずして勝つ方法として
1.「外交交渉によって相手の意図を封じ込める」
2.「謀略活動によって相手を内部から崩壊させる」
ことが重要であると考えられる。中国は、武力だけでは抑えこめないほどの広さをもっている。だから、天下を取るようなリーダーは、まず戦わずして勝つことを考えざるをえなかった。これは、広範囲に拡大するCOVID-19のような感染症にも当てはまることであると言える。
つまりは、COVID-19のような感染症においては、人に感染する前段階での対策が重要になるということであり、兵略における、攻略(外交)や謀略(情報の収集と操作)に該当する。具体的には、攻略として国レベルでの「検疫策」、個人レベルの「手洗い、うがい、マスク着用」など。謀略として、MHLW(厚生労働省)検疫官によるサーベイランスやNIID(国立感染症研究所)によるCOVID-19の研究から、COVID-19の人体への影響減へのアプローチ並びに、COVID-19との共存ということである。
KFS-03「彼を知り己を知れば、百戦して殆(あや)うからず」
戦争に限らず、何かを始めるとしたら、可能な限り事前調査は欠かせない。その場合、データが多いに越したことはないが、十分に活用できているのかと問われれば疑問が残る。「彼を知る」ことばかりに注力し、「己を知る」ことを怠ってしまいがちであるからだ。つまりは、今回のケースにおいては、COVID-19の情報ばかりに意識を向けてしまってはダメであり、己を知ること、つまりは自己管理を含めた自己防衛対策にも十分に目を向ける必要があると言える。兵術における天文(平時の備え)の一つとして挙げた、個人レベルでの日常からの健康管理(体調安定、栄養補給など)やマスクの備蓄、更には近隣保健所への連絡方法の確認などを怠らないことが必要となる。
KFS-04「善く戦う者は勝ち易きに勝つ者なり」
「勝ち易きに勝つ」とは、余裕をもって勝つこと、或いは、無理のない自然な勝ち方を意味する。そのためには、状況に対する深い読みが必要となる。状況に対する深い読みは、個人レベルでは難しいものであり、兵家であるWHOやMSF、MHLW、NIID等の感染医療の専門家、またはドクターやナース、検疫官などの知見に頼るのが懸命と言える。
KFS-05「善く戦う者はこれを勢(せい)に求めて人に責(もと)めず」
戦上手は、まず何よりも勢いに乗ることを重視し、一人ひとりの平士の働きに過度に期待をかけないのだとしている。最も大切なことは組織全体を勢いに乗せることであり、勢いに乗れば、組織を構成する一の力が三にも五にもなり、それが組織全体を一大飛躍されることにもなる。今回のケースにおいては、国民全体がCOVID-19への感染予防意識を高め勢いに乗せることが重要であり、その為には兵術の地理(有事の戦い)で挙げた、恐怖心を煽るデマ情報を撲滅した上で、情報の非対称性を無くし最新情報やリスク情報を国民全体で共有することである。
KFS-06「善く戦う者は人を致して人に致されず」
「人を致す」とは主導権を握ることである。有利に戦いを進める鍵は、主導権を握ることにある。つまりは「先手必勝」である。COVID-19に対して主導権を握るためには、兵制や兵器で挙げた、「感染患者の基礎体力や免疫力」を事前に高めておくことが先手必勝に繋がるだろう。仮に、何らかの基礎疾患を有する体力や免疫力に不安のある感染者のケースにおいては、主導権はCOVID-19に握られてしまいやすく、致死率も高まってしまうことになる。
KFS-07「兵の形は水に象(かたど)る」
「孫子」は、戦い方は水の姿に学べ、と説いている。原理・原則に従い運用しながらも、刻々と変化する状況に対して、こちら側も変幻自在に戦略を変えていくことが要求される。水は巨大なエネルギーを秘めているが、その形は柔軟そのものといっていい。「水には一定の形がないように、戦い方にも不変の態勢はありえない。敵の態勢に応じて自在に変化してこそ、勝利を握ることができる」としている。現状においてはCOVID-19に対するワクチンはない状態だが、症状が類似するインフルエンザやHIVに対する既存薬を活用することや、MERS(中東呼吸器症候群)にて一部効果が認められた人工呼吸器などによる体内の酸素濃度のコントロールによるダメージコントロールなど、状況に合わせて変幻自在に戦略を変えていくことが必要となる。
KFS-08「其の疾(はや)きこと風の如く、其の徐(しず)かなること林の如く、侵掠(しんりゃく)すること火の如く、動かざること山の如し」
武田信玄がこの四文字をとって旗印に掲げた「風林火山」。「孫子」は、「動」と同時に「静」の作戦行動をも重視した。攻める時は風のように疾く、敵地を侵攻する時は燃える火の勢いをもってするが、攻撃を中断する時は林のように静かにして次の機会を待ち、いったん守りに入ったら山のように動かない。つまり、動いてはならない時の軽挙妄動を戒めている。今回のケースにおいては、「過度な行動は誰にでもできるが、行動する前に落ち着くことが重要である」ということである。人間はデマの情報などにより恐怖心からパニックになると、物事を正しく見られなくなる。パニックが収まるまで、大事な決断をするのは避けるのが懸命であるということである。マスク不足の状況下における買い占め行為などもこれに当たる。
KFS-09「智者の慮(りょ)は必ず利害に雑(まじ)う」
「智者」とは、判断を誤らない人のことであり、智者が判断を誤らないのは、利と害の両面から物事を考えるからだとしている。「孫子」も、「利益を追求するときには、損失の面も考慮に入れる。そうすれば、物事は順調に進展する」としている。損失の側面を考慮せずに利益ばかり追求すると失敗することになる。物事は必ず良い側面と悪い側面の両側面によって構成されている事を知り、良い側面の中から悪い側面を見つけ気持ちを引きしめ、悪い側面の中から良い側面を発見し希望を捨てないでいく。COVID-19においては、昨今危険視されていた感染症であるSARS(重症急性呼吸器症候群)やMERS、新型のインフルエンザなどと比べて、ワクチンがないことや感染の把握がし辛い側面もある反面として、致死率が低いという側面もある。今回の国是である「COVID-19による致死率の減少」の目的を達するためには、感染の把握がし辛い側面を許容しつつも、致死率が低いという側面に希望を見出していくことが智者の判断であると言える。
KFS-10「軍に将たるの事は、静にして以って幽なり」
リーダー(将)の心構えとは、「静」であり「幽」、つまりは計り知れないほど奥が深くあれとしている。簡単には、味方がピンチに陥った時に動揺を顔に表わすようでは、リーダーの資格として十分ではない。組織がピンチになれば、部下は真っ先にリーダーの顔色を伺う。そんな時、リーダーがあたふたと動き回ったり、過度に緊張したりすれば、部下はいっそう動揺してしまう。つねに冷静沈着であってこそ、部下の信頼を勝ち得ることができるのだ。今回のケースにおいてのリーダー(将)とは、兵家として挙げたWHO、MSF、MHLW、NIID等の感染医療の専門家、または、ドクターやナース、検疫官となる。
KFS-11「囲師(いし)には必ず闕(か)き、窮寇(きゅうこう)には迫ることなかれ」
敵を包囲したら、必ず逃げ道を開けてやり、窮地に追い込んだ敵には攻撃をしかけてはならない。相手を完全包囲して死地に追い込めば「窮鼠、猫をかむ」と言われるように、死に物狂いに反撃してくる恐れがある。「孫子」では、相手を根こそぎ殲滅させてしまう戦い方は賢明ではないとしている。COVID-19を含めたウイルスに対しても、同様であり、兵誌に挙げた人類と感染症の歴史を振り返れば明らかな事実であるが、これまで人類はウイルスを撲滅させるべく、ワクチンを幾度も開発してきた訳だが、それらを嘲笑うかのようにウイルスは変異を繰り返し人類に脅威を与え続けている。人類はウイルスの完全な撲滅を考えるよりも、ウイルスに変異を起こさせず人類に悪影響を齎さない範囲で共存という選択をした方が賢明と言える。この共存という選択は、戦わずして目的を達するために必要となる、兵略における謀略の一つであると言える。
KFS-12「始めは処女の如く、後には脱兎の如し」
始めは処女のように振る舞って、わざと敵のねらいにはまったふりをして油断を誘い、そこをすかさず脱兎のような勢いで攻めたてれば、敵は防ぎようがない。表面ではしとやかに振る舞いながら、実は着々と攻撃態勢を整え、情報活動も展開していなければならない。だからこそ、脱兎のような勢いで攻めこむこともできるのである。つまり、作戦行動における「静」から「動」への転換を説いている。今回のケースにおいては、COVID-19の詳細な情報が判明し攻撃態勢が整うまでの間、いかに時間稼ぎをするかということである。
KFS-13「これを死地に陥(おとしい)れて然(しか)る後に生(い)く」
兵士を死地に投入してこそ、活路が開けるのだとしている。絶体絶命のピンチに遭遇すれば、リーダーが指示するまでもなく、兵士ひとりひとりが全力をあげて、ピンチを脱しようと努力することになるだろう。国家間のレベルでは、それまで対立していた中国と米国が危機意識を共有することで呉越同舟となり、COVID-19対策に活路が開ける可能性もある。また、国内においては、個人が絶体絶命のピンチに遭遇することで、兵略の政略(外交)で挙げたCOVID-19感染予防策が国レベルでの検疫策に留まることなく、個人レベルでの「手洗い、うがい、マスク着用など」への意識と行動が高まり、新たな活路が開ける可能性もある。
KFS-14「佚(いつ)を以って労を待ち、飽(ほう)を以て饑(き)を待つ」
十分に食べてたっぷり休養をとり、饑えて疲れている敵を迎え撃つことで、有利に戦いを進めることができるとしている。他方で、敵方が十分に食べてたっぷり休養をとっていたら苦戦を免れない。そこで、まず敵の糧道を断って飢えさせ、策をこうじて奔命に疲れさせた上で決戦を挑むことである。今回のケースにおいては、兵器として挙げた、感染が予測される患者の基礎体力や免疫力、患者の強い気持ち(モチベーション)を十分に高めると同時に、COVID-19の感染拡大に繋がる経路を断つことや、COVID-19を弱体化させた上で、決戦を挑むことである。
KFS-15「爵禄百金(しゃくろくひゃっきん)を愛(おし)みて敵の情を知らざる者は、不仁の至りなり」
孫子は「情報収集に金を出し惜しむな」としている。戦争の発動に際して重視されなければならないのは情報収集であり、この情報収集に要する費用は、戦争そのものにかかる費用と比べると、ごく僅かな額に過ぎない。今回のケースにおいては、兵略における謀略の一つとして挙げた、MHLW(厚生労働省)検疫官によるサーベイランスにかかる費用やNIID(国立感染症研究所)によるCOVID-19の研究費用などに金を出し惜しまないことが重要となる。その僅かな費用を出し惜しみ、COVID-19による多数の死亡者を出してしまうような指導者は「不仁の至り」(大きな思いやりに欠けている)のだとしている。
<参考>
※1. 福田晃市著「中国の兵法に学ぶ ビジネスフレームワーク」(2009)/ SBクリエイティブ
※2. 守屋洋著「中国古典一日一話」(1997)/ 三笠書房
※3. KFS(key factor for success):目標達成の為に注意すべきポイント
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中山兮智是(なかやま・ともゆき) / nakayanさん
JDMRI日本経営デザイン研究所CEO兼MBAデザイナー
1978年東京都生まれ。建築設計事務所にてデザインの基礎を学んだ後、05年からフリーランスデザイナーとして活動。大学には行かず16年大学院にてMBA取得。これまでに100社以上での実務経験を持つ。
お問合せ先 : nakayama@jdmri.jp
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