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不可能を可能にする臨床家たちからの解

松下幸之助 一日一話
11月24日 不可能を可能にする

ある製品の価格を1年ほどの間に3割も引き下げて注文をとっている会社のことが新聞の記事に載っていました。以前は非常に儲けすぎていたのだと言えばそれまでです。しかし、以前と言えどもある程度の利益以外は取っていなかっただろうと思いますし、今度と言えども赤字ではやっていないだろうと思います。

そうすると、そこにはなんらかの工夫があったと考えられます。経営の考え方とか、仕方に工夫をこらして、価格を引き下げても引き合うという方法を見出しているのです。そうした成果は、“不可能を可能にする道は必ずある”とみずから考え努力していくところから生まれてくるものではないでしょうか。

https://www.panasonic.com/jp/corporate/history/founders-quotes.html より

企業が販売する製品の「価格」とは、その製品に内在する「総価値」と換言できます。この「総価値」についてハーバード・ビジネススクール教授マイケル・ポーターは、著書「競争優位の戦略」(1995)にて「総価値-総コスト=マージン」とした上で、バリューチェーンモデルにて、総コストは大別して「支援活動」と「主活動」の2つによって構成されているとしています。具体的には、「支援活動」とは、全般活動、人事・労務・管理、技術開発、調達活動で構成され、「主活動」とは、購買物流、製造、出荷物流、販売マーケティング、サービスによって構成されています。

仮に、販売する製品の価格を3割下げるということは、「総価値」を3割下げることを意味しています。このケースにおいて、総コストを減らさないのであればマージンを少なくして大量に売るのか、或いは、マージンを減らさないのであれば総コストを削減する努力が必要になります。どれほどのマージンを取った時に、どれだけの量が売れるのか、またどれだけの利益が出るのかということを予測するのは非常に難しいことであり、その選択肢は無限にあると言えます。

自社の製品の「総価値」を正確に認識した上で、量とマージンとの積が極大値になる一点を求めることが必要になります。加えて、その一点はまた、お客様にとっても自社にとっても、共にハッピーである「総価値」でなければなりません。この一点を求める値決めは熟慮を重ねて行われなければならないため、稲盛和夫さんはご自身の多くの著書を通して「値決めは経営である」と仰っています。

製品の価格というものを浅薄に考えた場合、市場において製品価格が安ければ安いほど消費者から受け入れられることになると考えがちですが、実際のところは必ずしもコストリーダーシップ戦略を取る企業の製品が生き残るということではありません。具体例としては、終戦後に日本でコカ・コーラが発売された当初、コーラの価格はラムネやサイダーの倍以上の価格でした。ところがご承知のとおり、ラムネやらサイダーなどはいつの間にか蹴散らかされ、コーラが炭酸飲料市場を席巻することになりました。なぜコーラが市場を席巻することになったのかという背景には、当時の販売店が、コーラを売るのにマージンを沢山貰っていたことに加え、店の前に「コカ・コーラ」と書いた看板を無償で立てて貰ったりしていたことが大きな要因であると言えます。つまり、サイダーやラムネよりコカ・コーラをなるべく売るようにと、インセンティブを貰っていたということです。コーラの価格には、総コストの中にある販売マーケティング費用やサービス費用が事前に含まれていたため、総価値が高くなり販売価格も高くなっていたということです。コカ・コーラは競合他社よりも経営戦略における視点が数段上手だったため価格競争をせずに市場を席巻することが可能になったと言えます。

コカ・コーラの実例は、プロダクトアウトによる値決めであり消費者の負担が増えてしまうことになりますので、高度成長期であった市場においては成功したケースであると言えますが、経済が長期的に低迷する現在の市場においては、かつての成功が嘘のように通用しない状況にあります。つまりは、お客様にとってコカ・コーラの総価値がハッピーなものではなくなっているということでもあります。

お客様にとって総価値をハッピーなものにするためには、マーケットインによる値決めが必要であり総コストを削減しマージンを維持したまた総価値を下げるというアプローチも選択肢の1つであると言えます。これを換言するならば、「値引きではなく値下げ」ということになります。総コストを維持したままマージンを減らすのではなく、マージンを維持したまま総コストを減らすということです。

例えば、バリューチェーンモデルにおける主活動を一元化することにより、リードタイムを短縮し総コストを削減することも一つの選択肢であると言えます。具体的には、ファストファッションのZARAを展開するスペインのインディテックスやユニクロを展開するファーストリテイリングなどが成功例であると言えます。

他方で、バリューチェーンモデルにおける技術開発や調達活動を含めた支援活動における「経費を極小にする」ということも一つの選択肢であると言えます。このことについて、稲盛和夫さんは著書にて以下のように述べています。

 商品には必ず原価というものがあります。一般には、その原価プラス利益で売価が決められており、資本主義社会においてはそれが正しいと言われています。
 しかし、私がここで言っているのはそうではありません。これは私の著書『稲盛和夫の実学』の中でも述べていますが、「売価還元方式で原価を求める」ということ、つまり、「まず売値ありき」ということなのです。これだけ競争の激しい昨今では、原価がいくらでいくらの利益が欲しいからと、単に「原価+利益」という積み上げ式で売値を算出するというやり方は通用しません。売値は先に決まっていて、後はそれで利益が取れるように原価を合わせていくということをやっていかなければならないのです。これが現在の市場経済の実態となっているにもかかわらず、資本主義社会における会計学では、ほとんどが先の「原価主義」のままです。大企業もほぼこの考え方に倣っています。
 ところが、それで売れなくなってくると、値段を下げて売らなければなりません。そうなれば、利益などすぐにふっ飛んでしまうのです。ですから、「まず売値ありき」であって、その売値に合わせるためにはどうやって原価を下げるかということを考えるのが経営なのです。その売値も、設定が安過ぎては、いくら苦労しても利益は出ませんから、「市場で通用する最高の値段」を設定しなければならない、ということが肝心なところです。…
(稲盛和夫さん著「京セラフィロソフィー」より)

更に、松下翁は「値切って信頼されてこそ本当の仕入れ」として以下のように述べています。

 ”利は元にあり” といわれますが、仕入れというものは事業の成否を左右するほどの大きな役割をもっています。それだけに仕入れにあたる人のあり方が非常に大切なわけですが、仕入係というものは、仕入先がその注文、指示を受けて活気充満し「この商売はなかなかおもしろい。安くできてしかもよく儲かるものだな」ということで、経営意欲がどんどん盛りあがるような仕事をしていかなければならないと思います。
 そのためには、仕入先に対して、品物が安くできる具体的方法を教えてあげることができれば一番いいのでしょうが、お互いに神様ではないのですから、なにもかもわかるというわけにはいきません。そこで「これでは高い。高くないのかもしれないが、とにかくこのままでは競争にまける。だから勉強してほしい。君の方の利益をさいてくれとはいわない。適切な方法を見つけてほしい。やり方次第では、安くして、しかも君の方もこれまで以上に利益があがるという方法を生み出すことも可能だと思う」というような要望をする。そういうことを一年続けるならば、そこに画期的な成果も生まれてくると思います。
 というのは、そういう要望をたえず受けていますと、仕入先の人の頭がどんどん進んで、「いままで一人で百個つくっていたものが二百個つくれるようになった。それも、いままで一生懸命汗みどろだったのが、じっとタバコを吸っていてニ百個できる機械を考え出せた。品質も統一され、倍できて、利益はこれだけあるから、これだけ安くしましょう」ということにもなってくるわけです。
 そういう要望をするのでなく、初めから、ただ「まけろ、まけろ」というだけでは、「あの仕入係は顔見たら値切りよる。もうかなわんな。どこか他の係へ変わってくれたらいいのにな」というようなことになってしまいます。
 人間というものは妙なもので、商売で値切り方が下手だとバカにされます。「甘いな」というようなものです。百円の物を百五円で買ってもらい、儲けさせてもらって、しかも買ってくれた人を尊敬しないで笑っているということがあるわけです。
 しかし、「百円の物を九十五円に値切られて五円損した。けれどもあの人のいうことを聞いていると、なるほど、われわれのものの考え方を変えなければいけないな、という気になる。値切られたことはつらいけれど、非常に勉強になった。これはなかなかの人だ」と喜んで帰って、学んだことを、みずからの経営に加えることもあります。
 やはり、真実をうがった交渉の仕方をして、「こうだから君こうしてくれないか」というと、「あの人のいうことはもっともだ。きついことをいわれるけれど、なかなか偉い人だ」と尊敬され、信頼されることになる。仕入係というものは、そのように安く買って尊敬されるというものの考え方、技能を会得しなくてはならないと思います。そしてそういう仕入のできる人がいる会社は、力強い発展をしていくことになると思うのです。
(松下幸之助著「経営のコツここなりと気づいた価値は百万両」より)

稲盛さんのお話は、消費者ニーズがパラダイムシフトした現状においてマーケットインによる「売価還元方式で原価を求める」とはどういうことなのかという問いに対する解であり、松下翁のお話は、マイケル・ポーターが「競争の戦略」(1980)において述べている競争に影響を与えることになる「5つの力(FORCE)」の一つである「供給業者の交渉力」は何によって決定されているかという問いに対する解であると言えます。これらは、実際に不可能を可能にしてきた臨床家たちからの結果を伴った貴重な解であると私は考えます。



中山兮智是(なかやま・ともゆき) / nakayanさん
JDMRI 日本経営デザイン研究所CEO兼MBAデザイナー
1978年東京都生まれ。建築設計事務所にてデザインの基礎を学んだ後、05年からフリーランスデザイナーとして活動。大学には行かず16年大学院にてMBA取得。これまでに100社以上での実務経験を持つ。
お問合せ先 : nakayama@jdmri.jp

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