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子供と猫ちゃんのしっぽを追っかける

日曜日、公園のベンチで本を読んでいた。

うららかな天気で、静かな公園は眠気を誘う。

木漏れ日を眺めて目を休ませていた時、公園横の道路の向こうに小さな子供が出てきた。

保育園児のようなその子はキョロキョロと誰かを探しているようだ。

迷子かな?と思ったら、不意にこっちを向いたその子と強く視線を合わせてしまった。

クラッとめまいがして気付いた時は、その子の意識に乗っていた。
しまった。また意識がジャンプしてしまった。

子供は「あれ?」程度の反応で、構わず周りをキョロキョロしている。

どうやら、うちでお昼寝してて目が覚めたらお母さんがいないので寂しくて探しに来たらしい。

不安でちょっと涙目になっている。

この子の気持ちがダイレクトに伝わって来てこっちまで切なくなってくる。

ちゃんと帽子はかぶって、公園目指して一人で来たのだ。

その時白黒の猫が、目の前の植え込みの中からのっそりと出てきた。
チラッと子供を見ると尻尾を立てて、悠然と歩いていく。

そのしっぽがまるでこの子においでおいでをしているように揺れる。

目を丸くした子供は「猫ちゃん猫ちゃん!」と、喜んでパタパタと後を追い始めた。

驚いた。今まであらしの夜のように不安と寂しさで暗かったこの子の意識が、パっと明るく元気に変わった。

子供の目線は低い。しかも、小さいせいか走ると視界がガタガタ揺れる。

この子の意識に乗ってる私はまるで悪路走行をするジープに乗ってるような状態だ。
しかも幼児なので足元が全くおぼつかない。すぐ倒れそうになり、ハラハラする。

車の来る道路に飛び出しそうになる。慌てて「ダメッ」と声を上げた。

子供は、ハッと立ち止まって左右の安全を確認して小さな手をあげて道路を渡った。

ホッとしたが、この子はまだ猫ちゃんを追っかけている。

息が荒い。ハアハアと呼吸も乱し、小さな手のひらは汗でぐっしょりだ。

白黒猫は悠然と公園の中に子供を導いてくれている。あのまま道路をうろうろしてたら危なかった。

子供が追いかけてきたと思ったら、猫はぴょんと公園の木の上に登って行ってしまった。

あーぁ。

子供はため息とともに座り込み、周りを見回している。また不安そうな顔になっている。
いけない。また泣きそうだ。小さな鼻がヒクヒクしだしてる。

どうしよう。「大丈夫、大丈夫!」と声をかけるが、聞こえないようだ。

ふと、気付いた。

周りを見渡すこの子の目で見ていると、公園の木の緑や花の色の何と鮮やかで美しいことだろう。何と高く澄み切ってきれいな空なんだろう。ほっぺにあたる春風も甘く気持ちがいい。

子供の頃は、こんな風に見えていたんだろうか。風も、お日様の光も、雲も鳥の声も、なんと魅力的なんだろう。驚いた。

ああ、美しい。気持ちがいい。

さて、どうしたらいいかなあ。この子の心臓はドキドキと不安を訴えている。困った。

その時買い物かごを下げて公園の坂を下りてくる女性にこの子の目が留まった。「ママ!」

その時、この子に見える周りの空気までが劇的に変化した。
まるで天国のように優しく暖かく、明るい光の中、花びら舞い散るような感動的な景色に変わった。

この子のママも気づいたようで、びっくりして駆け寄ってきた。

不安で泣きそうだったこの子が、今度は安心と嬉しさでうれし涙の笑顔だ。

ママに抱きついた子供の意識からそっと離れると木陰で読書をしていた自分に還った。

ホッとした。でもそれ以上に自分がドキドキしていた。

あの子に、子供の心で見る世界の美しさを教えてもらえた。



絵 マシュー・カサイ「猫を追っかける」 水彩・ペン




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