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第一世界#5 裏切りの伽羅

「以上より、当該高校に突如出現した木製オブジェクトは、新生アルムホルデビトの仕業であると推定されます。」
「先日その高校の転校生を騙り、逃走中のメンバー『ショウキャ』も奇術を使っていたらしい。間違いないだろう。」
「なお、当該高校は半壊。教室棟のある校舎の方は無事なこともあり、死者は出ていないとのことです。」
「分かった。ご苦労。」

 部下の退出を見送り、ギィーッと総裁椅子の背に重心を預けるミウラコウタ。
 生徒の犠牲者が居なかったのは朗報だ。社会で活躍する愛国の徒のいわば卵だ。一人たりとも犬死はさせたくない。「愛国濃度の見える化」もそのために導入したのだ。
 このタイミングで再び奴らが活動を開始したのは、何か理由があるはずだ。それに、旧アルムホルデビトには見られなかった奇術の行使。

「一番許されざることは、立場を騙っていることだがな。」

 無論、愛国主義に背を向ける思想や行為は言語道断。旧アルムホルデビトは初めから全国放送を乗っ取り、革命を呼び掛けていた。排除すべき相手だとしても、真っ向勝負を重んじる精神は感じられた。
 しかし、新生アルムホルデビトはどうだ。一見熱心な愛国民を演じて、突然裏切るのだ。裏切りは、信頼を地に落とす最も卑劣で、人間非ざる行為だ。

 ふと視線を感じて、ミウラは机上の写真立てに目を向ける。そこには、彼とかつて激動の時代を共にした仲間4人が写っている。 
 まだこのジポポンが、ガッタルチオの支配下にあった頃。初めて戦勝して、支配地の一つを解放した直後に撮ったものだ。

 春に故郷を共に出発した幼馴染、カワキタユウキ。
 夏に意気投合したいっぴき狼、トウゴウヨシハル。
 秋に命を救った気弱な頭脳員、マカベケンスケ。
 冬にユーモアで寒さから皆を守った、イチジョウマサヤ。

 ミウラは指で一人ずつなぞっていく。いつも口癖のように語り合っていたっけ。国民としての尊厳が侵されない自由で平和な時代を、この目で見ようって。

 その時代は実際に訪れた。
 しかし、実際に見れたのは、ミウラただ一人だけ。
 名誉ある戦死、ではない。

 みんなみんな、ミウラを裏切っていったのだ。

***

「よし。集まったわね。」
「学生寮まであるんだな。ちょっと寒いけど。」
「わーいわーい。ぽよーんぽよーん。」

 ウィッカーロボが校舎を半壊させたその日の夜。転校生にあてがわれた、余っている寮室で作戦会議を始めるソウキャ、レッキャ。二段ベッドの上で跳ねるヨウキャ。衝撃に耐え切れず、上段の底が抜けた。二段ベッドは一段ベッドになった。

「さて。一刻も早くこの危険な物語世界から脱出するためにも、情報整理をしましょう。」
「『キャラ探し』の手伝いって。絶対もっと他に目的があるだろ。」
「私も同意。でも問い詰めようにも当の本人は…。」
「別の黒幕にやられ、そいつは問答無用で攻撃してくるタイプ。」
「そっちの目的は機能行使途中の仮面外し。チャールズは精神が崩壊するとか言ってたわ。」
「なら、ひとまず『愛国主義の打倒』を目指して行動か。……どうすんの。」
「ミウラコウタを倒すってことじゃないの? ぽよーん。」
「愛国主義のリーダーを倒す。確かにそうかもしれいけど。」
「けど?」
「主義の打倒って個人をどうこうするって問題じゃない気がするの。」

 レッキャのその言葉に、ソウキャとヨウキャは首をかしげることしかできなかった。

「ミウラコウタを倒すにしてもさ。人殺しをしろってことか?」
「何も殺すことだけが倒す、じゃないわ。その考え方をくじく、方向性を変えることも選択肢にあるわ。」
「ねえ、そういえばさ。」

 話の腰を折るのかと思いきや、ヨウキャはベッドで跳びはねるのを止めて、ある意味最重要な疑問を繰り出した。

「俺たち、この世界で死んだらどうなるの?」

 この世界へどうやって移動してきたのかは不明だ。キャラ、と言うぐらいだから、魂的なものを抜き取ってこの物語の登場人物たる自分たちに吹き込んでいるのかもしれない。あるいは肉体ごと転送されている可能性もある。
 後者の場合、ここで死んでしまったら……。

「と、とりあえず。掴んだ情報を基に、明日からの行動方針、立てようぜ。」
「クラスメートから聞いた情報によると。一週間前に私と同じセーラー服の転校生が来て、四日前に学校外で暴動を起こした。私たちが演じるべき『新生アルムホルデビト』と呼ばれている。」
「確か委員長が図書室に集めた居残り。チャールズが本の中にいますって言ってたよな。」
「ええ。でも引っかかるのは人数よ。」

 そう言ってレッキャが取り出したのは、チャールズが持っていた「Our Island ジポポン⑤」だ。

「登場人物のページをもう一度、見てみて。」

ソウキャ…主人公みたいに振る舞う男子高校生。
ヨウキャ…おちゃらけた男子高校生。
レッキャ…真面目な女子高生。
クラキャ…すごい見下してくる女子高生。
コウキャ…すごい同調する女子高生。
エンキャ…いつも怯えている男子高校生。
リタキャ…優しい女子高生。
リコキャ…自分勝手な男子高校生。
ショウキャ…ムードメーカーの女子高生。

「私が居残りにしたのは7人。私を含めて8人のキャラがいるはずなのに。」
「ここには9人いるな。」
「そうなの。まあここで議論しても仕方のないこと。とりあえず、他のメンバーと合流しましょう。それぞれ使える、適応機能を共有するためにも。」

 そこまできて、ソウキャとレッキャは見つめ合う。ヨウキャの適応機能は大方分かった。だが、お互いのそれは知り得ていない。
 レッキャは尋ねる。ここで噓をつくのならば、意図がどうであれ、生き抜かねばならない同志として信頼性を欠く。裏切りだ。

「ソウキャ。あなたの適応機能、まだ使ったことはない?」

 記憶を消し去って、窮地を切り抜けたソウキャ。彼は舌を舐めて、真剣な面持ちで答えた。

「ないよ。」

***

 翌日。教室棟は無事だったにせよ、つなぎ部分の鉄骨やらなんやらが剝き出しで、いつ倒壊するか分からない。生徒たちは公民館で授業を再開することとなった。規模の大きい公民館とは言え、高校の部屋数には劣る。各学年が複数の合同授業を受ける形となった。また、他学年同士が同じ階ですれ違うという現象も起きるようになった。
 そういう訳で、

「ウィッカーマン様、ですよね?」
「ど、どうしてカナ。」
「助けて貰った後、コッソリつけてたんです。そしたら校舎裏で仮面を外してるのが見えて……。」
「ちょっとこっちに来て!」

 高校一年のウィッカーマンことヨウキャと、高校三年のナガセアスカの邂逅となった。
 一階の待合室。アスカは自動販売機でココアを二人分買って渡した。

「どうやらウィッカーマン様は私の後輩なので。おごります。」
「え! マジ? ありがとう!!」
「は、はい!」
「あと、ヨウキャって呼んでくれる?」
「……え。」
「 ウィッカーマンだと、ヤバくてさ。どんくらいヤバいかというとね。」
「は、はい。」
「……うんち漏れそうなくらい! ギャハハ!!」
「なんでちょっと溜めてから言ったの……?」
「ん? 便秘ってこと?」
「違います‼」

 なぜか物凄く嬉しそうな声で、爆笑している。この人は私の中の、白馬の王子様とイメージが大分違っていた。
 クールで、必要以上に喋らなくて、無意識の気遣いが光る紳士。
 助けられて、お姫様抱っこされた時は経験したことのないトキメキが凄かったのに。ちょっと複雑だな。

「君は?」
「何がですか?」
「名前。」
「ああ、ナガセアスカって言います。」
「アスカ! よろしく!」

 今以上に、異性に耐性がないことを後悔した時はないだろう。いきなりの呼び捨て。急にプライベートゾーンを侵して近づけてくる顔。
 向こうは無邪気にしていることだ。あまりにもその表情はあどけなくて、勝手にドキドキしている自分をグーパンしてやりたい。
 心に言い聞かせる。相手は引っ張ってくれる紳士ではない。れっきとした後輩で、下ネタ好きな子供だ。

「それで聞きたいんですけど。ヨウキャ、くんは新生アルムホルデビトのメンバーで合ってます?」
「ブフッ。な、なんで?」
「だって最近の奴らは得体の知れない奇術を使うって。国もあの木製オブジェクトを奴らのもので捜査してます。」
「アレ、オレ、シラナイ。」
「噓つき。仮面外す前に、ちゃっかりオブジェクトに戻って行ったの見ましたよ。」

 ここまで目撃されていては、ヨウキャの取り繕う余地は残されていない。
 腹を決める。ばれちゃあ仕方ない。

「それで、これは一発告発案件なんですが…」
「『一生のお願い』発動!」

 待合室を飛び出し、玄関ホールで両手を高く挙げるヨウキャ。そのまま額を床に激突させ、アスカはおろか生徒、地域住民に見せることには、

「アスカあああああああああ!! お願いしまあああああああす!!」
「やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてっ!!」

 大声で自分の名前を叫ばれたこと。突き刺さる周囲の視線に、紅潮に赤絵具を更に追加したような顔色になるアスカ。校則違反の恋愛に関係してることだと勘違いされたらどうするの。
 一旦、ヨウキャを公民館の外に出し、改めて告げた。

「元から告発する気はありません。その、助けて貰ったから。」
「あれは俺のせい…」
「とにかく! 見逃すので、金輪際関わらないようにしましょう。」
「ほんとに? ありがとう!!」

 なんでそこまで子供っぽい笑顔ができるのだろう。
 まあ、いいか。
 ただ、見逃す理由はそれだけ。
 それだけ。

 それだけ、だよね?

 
 別れ際、ヨウキャは再び罪を犯した。

「アスカああああああああああ。」
「だから叫ぶのやめ!」
「またなああああああああああ。」

 さっきの話、聞いてた?
 金輪際関わらないんだよ。

 何かしら返さないと、叫ぶのをやめない気がしたので。

「またね。」

 小さく、手を振っておいた。

***

 時間は、ヨウキャとアスカが待合室で会話をしている時に遡る。
 昼休みの情報共有会にヨウキャが顔を見せないので、ソウキャとレッキャは先に始めていた。

「例の転校生。名前は『ショウキャ』というらしいわ。」
「『ムードメーカーな女子高生』。委員長、居残り組の中に、そんな感じの女子いた?」
「私の他に女子は3人いたわ。その中だと、金髪のあの子が一番可能性あるかな。」
「うわ。あのギャル二人組の片割れかよ。苦手なんだよなあ。」
「でも、見て。女子高生が私を除いて4人書かれてる。」
「てことは、全然知らない人かもしれないのか。」
「そういうこと。とりあえず、ショウキャが使ってた寮のルームメイトの情報ゲットしたわ。」

 レッキャとソウキャは公民館の会議室に着いた。ここはランチルームの一つとして使われている。出入り口から、レッキャがヨシムラさん、サエジマさんと呼び掛けた。

「お弁当の途中、ごめんね。少しショウキャっていう子のことを教えて欲しいんだけど。」
「聞いてるわよ。国の裏切り者を嗅ぎまわる怪しい転校生たちがいるって。」
「え。」

 まずい。情報収集に必死になるあまり、疑心を積もらせていた。

「私たちからも聞いていい? 前はどこの高校だったの?」

 知っているのはこの高校の名前ぐらいだ。ソウキャもレッキャも顔面蒼白になる。
 ごまかせないと悟り、ソウキャは即決する。

 仮面を被り、己の理想を考える。
 こっちの出身校が気にならないようにする。つまり、怪しいと思われていることを記憶から消す。

 ヨシムラさんとサエジマさんの、「ソウキャとレッキャが国の裏切り者を嗅ぎまわる怪しい転校生だ」という記憶を消去した。

「ん。あれ。4組の転校生さんたち。何の質問だったけ?」
「え? ああ、ショウ…」
「レッキャ、一旦帰ろう。」

 不思議がるレッキャの腕を強引に引っ張って出直そうとする。記憶がこんがらがって、ショウキャについて質問したこと自体曖昧になったのは僥倖だ。
 周囲にこれ以上疑念を抱かせないために、行動方針を見直そう。そうレッキャに提案しようと考えた矢先、

「ソウキャ。ソウキャはどこだ!」

 廊下の向こうから聞こえる慌ただしい足音。間もなく本人を見つけ、鬼の形相で数十人が迫ってくる。

「な、なんだ…?」
「思い、出したわ。ソウキャ。」
「何を。」
「昨日、ソウキャがピストルを向けられてた理由。」

 それは、全くの想定外。
 先刻、ソウキャが適応機能の行使を即決できたのは、ある観点を考慮していなかったから。

 
 デメリット。

「お前、『愛国濃度』5をとったって噓ついただろ!!」

 我先にと、走ってくる。ピストルを構えながら。

「くそっ、やられた!」

 適応機能、忘却。
 そのデメリットは、「次の忘却行為によって、前回のそれが維持できなくなること」。


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次回は1月5日投稿予定です。

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