第一世界#4 白馬の幼児様、ウィッカーマン
まどろみの中で、思い出す。
己が理想のために、周囲の人間から記憶を消去した。
いや、違うのかもしれない。記憶を消去したのではなく、《《記憶を押し潰した》》。こっちの方がしっくりくる。
どちらにせよ、初めて仮面の機能を使ったのにも関わらず、初めてではない感触だった。
意識して使っただけで、まるで元々自分に備わっていたかのよう。
ごくごく自然な、人間の本能的能力なんだよ、と。
***
「チャールズ!」
あまりにも突然のことに、ソウキャ、ヨウキャ、レッキャは誰一人として身動きがとれなかった。
黒幕が、眼前で血を流して倒れていた。ピクリとも動かない。
何が起きた? どうすればいい?
目の前の光景が信じられない。脳の処理速度が追いつかない。
しかし、3人からアクションを起こす前に、張本人から要求の声が響き渡った。
「細かいことはいいナァ。仮面を付けて適応機能を使えェ。んでェ、解放したままァ、仮面を外せェ。」
チャールズは機能を行使したまま仮面を外すな、と忠告していた。だが、そうしなければ、そうしなければで。
声の主の姿は、依然として見当たらない。視線はチャールズに集中したままだ。
あんなにも生身の人間から血が出ているのを見たのは、初めてだ。きっとこの光景は脳裏に焼き付いたことだろう。鼻血、なんでもいい。これから先、赤い血を見る度に思い出すのだ。
嫌だ。見てなかったことにしたい。
そうだ。また仮面の機能で、この記憶を消し去ってしまおう。
「いやだめじゃん。目の前のあれが消える訳じゃないし。」
自分の考えに突っ込みを入れるソウキャ。彼の鬱々とした様子に、ヨウキャが小声を掛けてくる。
「大丈夫か?」
「ぶっちゃけ、吐きそう。」
心配そうに見つめた後、少し考え込むヨウキャ。そして、ソウキャにこう持もちかけた。
「なあ。今ここでお前とレッキャを助けたら、カッコいいヒーローだよな。」
「そ、そりゃあな。」
「よし!」
意気込んだ直後、ヨウキャは木の幹を顔に近づけた。ソウキャは呆気にとられて見ていたが、彼の時と同じように仮面となり、顔面に張り付いた。
「俺が、スーパーヒーローになってやる!」
◇
うわ幼な。
まだそんなことやってるの。
自分の年、考えなよ。
それらは、呪詛ではない。仕方ない。客観的に見てそうだ。
「本人は何も疑わず、やってるんだからさ。そっとしておいてあげなよ。」
そんなわけ。俺だって、幼いって自覚してやってる。
なぜかって?
そりゃあね。
「カッコいいなあ!」
憧れの対象を決定づけた、5歳の誕生日。
ヒーローショーの観覧チケットを2枚握り締めて、最前列で見たていた。一緒に来るはずだった人の分まで、いやそれ以上の興奮がそこにあった。
その年ごろなら、誰しもが似た経験をするだろう。そして、段々と現実を理解するのだ。
そんなヒーローは、夢物語だと。
「■■くんは、将来の夢とかある?」
「正義の執行人! スーパーヒーロー!」
「警察官とか、消防員。弁護士ってこと?」
「違うよ! パンチキックがイケてる、スーパーヒーローだ!」
「ほんとに、高校生?」
言え。思う存分言えよ。
俺も、でっかい声で言い返してやる。
「さあ、次は。君がスーパーヒーローだ!」
舞台上のヒーローが手を差し出す。その手は大きくて、頼もしい。
「うわ幼な。」
「うるさい、うんち!」
「まだそんなことやってるの。」
「黙れ! うんち!」
「自分の年、考えなよ。」
「このうんちが!」
そうだ。
俺は、幼キャ。
幼稚の伽羅。
◇
木の幹が仮面となって、顔に張り付いた。そこまではソウキャと同じだったが。
「ヨウキャ!」
彼の腕、脚、胴体、全てが木枝で覆われていく。網細工で全身を覆われて、そこに現れた者は。
「変身! スーパーヒーロー『ウィッカーマン』!!」
ヨウキャの意気揚々とした参上宣言。残った者は驚愕顎顎で下顎が落ちきっていた。
先に復帰したのはレッキャで、少し興奮気味な口を開いた。
「え! ウィッカーマンじゃん!」
「委員長もヒーローもの好きなの?」
「違う! 知らないの? カエサルの『ガリア戦記』とかストラボンの『地理誌』とかで出てくる宗教儀式の巨像!!」
「お、おう。急に早口だな。」
「私、歴史とか神話とかに目がないの。」
「じゃあそのウィッカーマンは、正義の象徴みたいな?」
「ううん? 中に人間を入れて燃やす、人身御供よ。」
「物騒だな!」
ウィッカーマンの話題に夢中になり、眼中にいなかった人物がいた。
黒幕殺しだ。
「なァんか出てきたなァ。まァ、いいかァ。そのまま仮面、外せェ。」
「やだね!!」
「そうかァ。いっかいィ、痛い思いした方がいいかァ。」
どの方角からか、分からない。ただ何かがヨウキャ目掛けて発射された。
「ウィッカーセンサー作動! ウィッカーシールド展開!」
「なァんだァ?」
あらゆる方角に対応するため、木枝で覆われた体を、さらに太い木根で覆い隠す。そこに何かがぶつかった衝撃が空気中に広がったが、ヨウキャは無傷だ。
続けて、ヨウキャは図書室の出入り口に駆け寄り、脱出路を確保しようと試みる。ドアノブが回らない。体当たりしてもびくともしない。
「だめだァ。この部屋のドアと窓はすでに見かけだけェ。何もない壁に覆われた空間だと思えェ。」
「了解!」
「受け入れはやっ。」
「ソウキャ、レッキャ。俺の近くに来てくれ!」
「どうしようっていうの。」
無言でしゃがみ込み、両掌を床に当てるヨウキャ。地響きが起こったかと思うと、床を突き破って出現したのは、9本の木根だった。それらは3人を取り囲むようして包み込んだ。
そのまま膨張する。膨張して膨張して、図書室の空間限度に達する。
ピシ。ビシビシビシビシビシビシビシビシ。
校舎にひびが入っていく。そして。
一瞬の静寂。
轟音と共に、図書室のある校舎3階建てが、四方八方に飛び散った。
代わりに、誕生したのは、
「ウィッカーロボ、スタンバイ完了!」
身長15メートル程。巨躯の木製オブジェクトだった。
「ヒーローものは、終盤で巨大ロボットに乗って戦うのがお決まりだ!」
「こんな序盤で?!」
いつの間にかウィッカーロボのコックピットなる所にいた3人。操縦席のヨウキャが周囲を確認する。チャールズを殺した者の声は聞こえなくなっている。ひとまずの危機は去ったのだろうか。
気になるのは、突如として現れた怪物に、逃げ惑う人々、立ち尽くして見上げる人々の姿がそこにあったこと。
「あれ。なんかヒーローとして見られてない?」
「盛大に校舎吹き飛ばしたからな。まあでも俺たちからしたらヒーローだ。」
「そうね。ありがとう。」
「へへっ。」
舞台上に上がって良かった。そう自画自賛した瞬間、脳内に警笛がつんざいた。ウィッカーセンサーだ。
***
「アスカ見て見て。三年間皆勤賞!」
「愛国の徒として当たり前でしょ。ほら私も。」
二月の空っ風に負けないよう大きな声で、金ぴか賞状を見せ合う女子高生二人。
私たちも、もう一週間もすれば卒業式。ラスト女子高生だ。
お昼休み、伝統行事の自主清掃のため、校舎裏の竹ぼうきを取りに来た。母校あるいは母国への献身の精神を示す機会だ。自然と気合いも入るもの。
サー。サー。サー。いつも気合いを入れ過ぎて清掃しているせいで、枯れ枝がほとんど転がっていない。何もない砂利場をただひたすらに掃き続ける。何もない訳ないじゃない。目に見えない穢れがきっとそこにある。
「お体、綺麗にしますね。ジポポン様。」
「ねえアスカ。結局進路、どうなったの?」
「国立の薬学部。もっとジポポンのために働きたい。なのに体が追いつかない。そんなあなたにピッタリな医薬品を開発したいの。」
「まるでテレビCMだね。私は愛国教育学部。」
再び沈黙の清掃に戻る。ずっと喋りっぱなしだと、ジポポン様に不敬だ。いや、もうすでに不敬だ。日々精進、日々精進。
「ねえアスカ。」
「サヤカ。これ以上喋ると……」
「三年間で恋愛、したことあった?」
アスカのほうきを動かす手が止まる。動揺を隠しながらサヤカの方を見る。
「ある訳ないじゃん。あったら校則違反だし、『愛国濃度』の評価もさ。」
「そうだよね。」
三年間、毎日が充実していた。携帯武器の鍛錬度を競う、体育祭。母国を侵略戦争から護ってきた先人たちの武勇を舞台発表した、文化祭。国土防衛のため、海沿いの関所で奮闘する軍隊を訪れた、修学旅行。オリジナルの愛国讃歌をクラスで作り、歌った合唱コンクール。
それでも、どこか。振り返るとモノクロな学校生活だったことも噓を付けない。
ほうきを動かす手に力がこもる。後悔はない。ないはずなの。
ドーン。
背後の校舎で聞いたことのない轟音が鳴った。驚いて振り向く。視線を上げる。視界に飛び込んできたのは、無数の瓦礫片の飛来する光景だった。
それらは、砂埃を巻き上げ、アスカとサヤカの下へ落ち満たしてきた。
「サ、ヤカ。大丈夫……?」
心配してみると、サヤカ始め、周囲の生徒たち全員が居た場所に木根の塊が出来上がっていた。木根が解け、中からよろめくサヤカが出てくる。
なら、心配するべきは私の方か。皆とは違い、無防備なまま瓦礫の下敷きになっているのだから。
ああ。重たい。痛い。ここで、死ぬの。人生、終わるの。
ああ。私、恋愛してみたかったなあ。
燃えるような恋、してみたかったなあ。
理想はね。白馬の王子様みたいな人。
颯爽と現れて、私をピンチから救ってくれるの。
「し、死にたく……な……」
「参上! ウィッカーマン!」
無駄に元気が良い声。霞む視界に入ってきたのは、きっと白馬の王……
「違う! なんか凄いモンスター!」
「すまん! 君だけウィッカーシールドが間に合ってなかった!」
彼はいとも簡単に瓦礫を押しのけ、私を救い出した。
そのまま、お姫様抱っこの格好へ。
初めての体験に胸が高まる。これが伝説の、お姫様抱っこ。
近くで見ると、仮面に覆われて肝心の顔が分からない。
「あなたは、私の白馬の王子様ですか?」
「それってヒーロー?」
「勿論です。」
「なら! そう!」
後にこの出来事を聞いたソウキャとレッキャは、「白馬の幼児様」とヨウキャを称したとか、してないとか。
一つ確かなのは、アスカの心に新たな感情が芽生えたこと。
卒業愛国濃度の発表、五日前のことであった。
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次回は1月2日投稿予定です。
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