第一世界#6 愛国主義者ミウラコウタ
走れ。走れ。
一瞬たりとも足を止めるな。
生き延びたいなら、何も考えずに玄関へ向かえ。
廊下に横並びで飾られたポスターを、視界端に見送りながら逃げる。いずれにも「シュゴハジポポンダ!」の黒文字が描かれている。まるで終わりの見えない空間を逃げているような感覚だ。
でも玄関を出た後は?
この世界に、居場所なんてあるの?
「くそっ。くそっ!」
階段を飛ばし飛ばしで駆け抜ける。気持ちだけは10段飛ばしをしている。
背後で同じように生き急ぐ足音を感じる。
「レッキャもおそらくグルだ! 捉えて尋問しろ!」
「もう! 急になにこれ!」
「後で説明するから! 今は足を動かせ!」
「絶対よ!」
体力を削られた階段ゾーンを突破し、玄関ホールへ。正面、出入り口へ一直線に向かおうとした時、前方左右から二組の生徒が踊り出る。
ソウキャは急ブレーキをかけざるを得なくなり、足がもつれた。後に続くレッキャと背中でぶつかる。ふらついた体を踏ん張って支え、顔を上げた眼前。
二丁のピストル。
最初から背後を追ってきた生徒たちが大声で鼓舞する。
「やれ! 撃て!」
「裏切り者を排除しろ!」
引き金にかけた指に力がこもる。
ソウキャは、体が冷えていくのを感じる。二月の寒さの中、先程の逃走劇で噴き出した汗が、より身体の冷えを増長させるのだ。
睨みつけているのはただ目の前の銃口。ガヤはノイズとなって、全意識が血流となって視覚に集う。そらすことを許さない。まばたきを許さない。ただえさえ、ドライアイなのに。
指の微動。微動して微動して微動して、今に銃口の洞から、死がこちらに飛び出して、
「……? 撃ってこないのか?」
相手の所持しているその武器ばかりに注目していた。視線を上げて、二人の顔を見る。表情を知る。
奥歯を嚙みしめ、まるで苦痛に悶えているかのような、同年代の童顔がそこにはあった。
ソウキャは気を取られていたが、はっと思い直す。仮面を付けたままなのが吉。これ以上隙を与えず、適応機能を行使した。
自分がした失言の記憶を再び、周囲から忘却させた。
困惑し、銃撃の構えから態勢を崩した二人組の間を、レッキャの腕を引っ張りながら駆け抜けるソウキャ。
勢い良く出入り口を飛び出し、向かい合った。
「だめ…。なんで逃げていたのかも忘れちゃった。もう何がなんだか…。」
「ほんとに後で説明する。今分かってて欲しいのは、まだ公民館には戻れないってこと。ショウキャのことを聞いていた女子生徒たちがいるから。」
「あ、そうだった。確か疑われて、逆質問されたんだっけ?」
Brrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr________。
ソウキャは肯定の言葉を返したが、レッキャの耳には届かなかった。なぜなら、その声をかき消すけたたましい警報音が、街中を包んだから。
「暴動を起こした高校の地区で再活動とは。舐められたものだな。」
ソウキャとレッキャは同時に振り向く。その革靴は、まるで二人との邂逅が悲願とでも言わんばかりに近づいてくる。
学生帽と、混じりっ気一つない、真っ黒なコート。
中に見える軍服の胸部に、いくつもぶら下げた黄金の徽章が威圧を放っている。
「現地調査中に遭遇とは。幸運ですね、総裁。」
「ああ。全くだ。」
「総裁……?」
総裁と呼ばれたその男は、5人の部下を引き連れ、異端者どもを前に仁王立ちしていた。
「じゃあ、あんたが……!」
「これは逆にチャンスよ、ソウキャ!」
「え、委員長まじかよ。度胸あり過ぎだろ。」
「だって、こんな機会そうそうないわ。脱出の鍵が目の前にあるのよ。」
「でもどうするよ。委員長の適応機能もまだ判明してないだろ。」
「とりあえず、仮面を付けた状態にしておく。ソウキャもそのままで。時間を稼ぐの。」
「……そうか。ヨウキャのウィッカーマンの力なら。」
「ええ。だから、ウィッカーセンサーでこっちに来るまで、時間稼ぎを。」
「なにやら、私を見くびっているようだな。」
ゆっくりとした足取りの、男。勝敗は考えるまでもない、と風体が物語っているようだ。
「私はミウラコウタ。この国家を統制する、最も厚き愛国主義者だ。」
第一世界、主義者対峙。
相手は、愛国主義者ミウラコウタ。
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次回は1月8日投稿予定です。
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