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聖地巡礼を5年も続けた。サマポケ直島

サマポケ=夏休みそのもの

Summer Pockets

みなさんはSummer Pocketsという作品をご存知だろうか。
美少女ゲームメーカーであるkeyという企業が2018年に発売した作品で、2024年現在でkeyが最後に発表したフルプライスのPCゲームだ。

概要としては、主人公である少年羽依里(はいり)鳥白島(とりしろじま)という離島に夏休みを使って親戚を頼って訪れる、という話だ。
島で出会う人々(特にヒロインを中心に)と楽しい夏休みを過ごしつつ自身の過去や島の秘密に向き合い、彼らとともに主人公が成長していく物語となる。
サマポケの大きな魅力と言えるのが、都会では得られない夏休みの楽しさをプレイヤーに思い出させることにある。
貴重な夏休みをいかに楽しむかは学生にとって命題であり、離島という都会と異なる環境に飛び込んだ主人公たちの様子を映したサマポケは特にその魅力を前面に出した作品だ。
島で出会った友人たちと毎日遊び、笑い、再び会えることを楽しみに島を徘徊する、そんな誰しもが経験した、あるいは経験したくなるような夏休みが作品のなかで展開される。

男友達とのふざけたやり取りは大きな魅力の一つ

そして、肝試しのようなイベントを通して島の謎に近づき、ヒロインの過去や自身の過去との繋がりを通して主人公たちは成長していき、物語は結末へ進んでいく。
大人になってしまった我々だからこそ心から望んでいることを体現してくれる、Summer Pocketsはそんな作品に仕上がっている。

今回はこれ以上ゲームに踏み込むつもりはないので是非本編をプレイしてほしく、この鳥白島のモチーフとなっているのが瀬戸内海に実在する島たち、直島男木島女木島である。
この記事は聖地巡礼というより、これら島々の紹介の方がメインである。

魅力あふれる瀬戸内海の島たち

鳥白島は作中でも瀬戸内海に浮かぶ島として紹介されており、公式でもモチーフとして直島などが使われていることは名言している。
メインで登場するのが直島で、島のありとあらゆるところに聖地が存在している。主人公が訪れたスポットの多くが直島をモチーフにしており、一目見ただけで「ここでそういえばあんなことしたな」と分かる箇所が多い。
男木島・女木島にもサマポケの聖地があり、こちらは特定のヒロインと出会うことのできるスポットが多い。どちらかといえば「あのヒロインとこんなやり取りをしたな」と感じるスポットになる。
直島・男木島・女木島とも瀬戸内海に浮かぶ離島であり、島に上陸するのは船で渡るしかない。すべての島は香川県高松港からフェリーが出ていておよそ1時間ほどの距離にあり、時期によってはそれぞれを渡ることもできる。
特に直島は船便が多く設定されており、島に2つある港へ本州岡山県宇野や香川県高松、隣の島である豊島などからも渡ることができる。
これら3つの島や豊島、小豆島などは現代アートの聖地と呼ぶべきエリアで、国内外から多くのアートファンを集める地域にもなっている。
3年に一度開かれる瀬戸内国際芸術祭というイベントでは国内のみならず海外からも多くの観光客が島々に押し寄せる一大イベントで、この時期は離島にいることを忘れさせるほどの賑いを見せる。数ヶ月の期間、瀬戸内の島々たちが総出で観光客を迎え、アートを中心として人々に普段は味わえない体験をさせてくれる。
そんな島々の魅力をサマポケは強く引き出していて、聖地巡礼という形以上に訪れる価値のある地域だ。
海外に行くことを躊躇うほど財布の紐がきつくなっている昨今、国内旅行に目を向けたところで有名観光地はどこも外人だらけ、そこであえて日本人が目を向けるべきなのは離島なのではないだろうか?瀬戸内海の離島は観光客ウェルカムなところが多く、クラフトビール醸造所やコーヒーショップなど新たに開業するところも増えてきている。インスタ映えを狙う意味でも瀬戸内海はホットなエリアと言って良い、サマポケを知らずとも訪れるべきエリアであると断言しよう。

楽しさから始まり寂しさに終わる「直島」

直島には宮浦港・本村港という港があり、とりわけ玄関口として機能しているのが香川県側の宮浦港である。大型フェリーが入港できるフェリーターミナルを有し、香川県高松や岡山県宇野へ向けて多くの客や車が乗降する港であって旅の出発点と終着点に相応しい装いを持つ。
直島の入り方のおすすめは、やはり高松からフェリーに乗って宮浦港へ入る方法だ。フェリーが進むにつれて徐々に大きくなる島の様子は直島での旅の期待を大きくさせ、旅の楽しさを最大限まで引き出してくれる。フェリーが宮浦港に入港する際に港で釣りをしている人を見かければ、いよいよ島にやってきたのだと気分が大きく高まる。

さしずめ俺は……

サマポケの主人公はちょっとアレな頭を持っているのでフェリーから見える島を背景に独り言を呟くのだが、実際にフェリーに乗っていればたしかに独り言を呟きたくもなる。わたしは断然「歌を忘れたカナリア」だ、意味はわからない。

宮浦港は主人公が最初に降り立つところでもあり、作品の序盤を飾るに相応しい場所だ。ヒロインと初めて出会うのもこの場所で、実際の港と同様にこれから始まる物語にワクワクさせてくれる。フェリーから降りれば観光案内所や土産屋がある綺麗なフェリーターミナルが迎えてくれ、各所へ向かうバスや迎えのタクシーなどで乗客は直島の旅をスタートさせる。

島からの景色は格別なもの

直島は一周が約10kmほどの島で徒歩で回るにはやや大きい島である。なので観光客はバスやタクシーなどなにかしらの手段で島を巡ることになるが、せっかく直島を楽しむならおすすめは電動自転車だ。宮浦港の近くにはレンタサイクルショップが数件あり、観光客へ向けて電動自転車などを貸し出している。レンタサイクルで瀬戸内の空気を吸いながら直島を巡れば、五感に焼きついた直島の光景は一生忘れられないものになるのは間違いない。途中、勾配の険しい山道を越えるルートもあり注意が必要ではあるが、直島から眺める瀬戸内海の景色は、瀬戸大橋や明石海峡大橋の上から眺めるものとは比べ物にならない美しさがある。
直島に降り立った多くの観光客がまず目指すスポットといえば、やはり地中美術館だろう。宮浦港から少し離れた山の中にある美術館はアート建築家として名高い安藤忠雄が設計したもので、美術館の内部には建物と溶け込んでいるかのような美術品が数多く展示され、地中に"浮かぶ"美術館の見学は必ず記憶に残ると言っていい体験をさせてくれる。その神秘的な面持ちは大泉洋を始めさまざまな芸能人をも呼びこむ力があり、アートに詳しくなくとも一度訪れるだけで人生観のどこかが変わるような気分にさせてくれる。

ベネッセハウス ミュージアム「3人のおしゃべりする人」

島の半分ほどは地中美術館を始めとした芸術品で溢れており、直島を現代アートの聖地たらしめている。宮浦地区の反対側、岡山県側にある本村港を中心とした地区にも、魅力あるアート作品が多く構えている。

The Naoshima Plan「水」

本村地区でおすすめしたいのは、The Naoshima Plan「水」という作品。
「水」をテーマとした古民家アートは文字通り「水」が張られており、足湯感覚で足を水に浸せば川で水遊びをしたときのような感覚を味わせてくれる。深い青空に白い石、水に反射する太陽光の揺らぎを眺めつつ古民家のすき間から流れてくる風を感じるだけで時間はすぐ経ち、自分が都会から来たことを忘れさせてくれる。島巡りで足が疲れたときに訪れれば、直島に対する愛着はさらに強くなるだろう。

石井商店の「肉うどん」

サマポケの主人公が訪ねた親戚の家のモデル「石井商店」も本村地区にあり、現地は古民家を宿泊所及びうどん屋として開いている。夏の暑い日差しを浴びたあとに古民家で冷たいうどんを啜れば、夏休みに親戚の家で出てきた昼食そのままの気分になる。予約が取れればぜひ宿泊もしてみてほしい、内部はまさに田舎の親戚の家といった装いで、都会から時間をかけてやってきた甲斐があったと一息つくことができる。縁側の椅子に腰掛け穏やかな島の風を肌に感じれば、時間はすぐに去っていく。夜になって港へ散歩に出れば、島のかすかな明かりとともに夜空へ広がる星空が出迎えてくれる。都会にいて忘れてしまった夏休みを思い出させる、石井商店はそんな場所だ。

Luke's Pizza & Grill

直島で宿泊するにあたって困るのが夕食だ、直島の宿泊施設は朝食のみの提供となるところが多く、夕食はほぼ自身で工面するしかない。特に本村地区では夜営業している店が乏しいのだが、そんな貴重な夕食を提供してくれるのが「Luke's Pizza & Grill」。瀬戸内で採れた魚介などを中心とした窯焼きピッツァを提供していて、島を動き回った身体に瀬戸内の味を染み込ませてくれる。2021年に開業したばかりの店で直島に新しい空気を引き入れており、窯焼きピッツァを前面に押し出すに相応しい美食を提供している。直島での思い出に彩りを添えてくれると言っても過言ではない。
宮浦港近くにある「My Lodge Naoshima」は観光客に向けた宿泊施設で、初めて直島で宿泊するならここで間違いはない。ベネッセの運営するホテルは魅力的ではあるが高価で予約も取りづらく、かといって民泊をいきなり使うのは気が引ける、そんな人に是非おすすめしたいのがこの施設だ。地中美術館からも距離は離れてなく、宮浦港まで徒歩10分もかからない距離にあるためアクセスも良い。比較的新しく清潔で落ち着いた客室ではほっと一息つくことができ、部屋タイプによっては直島の夕暮れや朝日を眺めることができる。ホテルのような朝食は旅の一日の始まりを迎えるに相応しく、直島での宿泊を良い思い出にしてくれるだろう。なぜかこのホテルの周りには野良猫が多く、深夜に外へ出ると餌を求めてぞろぞろと駆け寄ってくるので注意。

直島銭湯「I♥湯」

直島の旅は宮浦港から始まり、宮浦港で終わるのが良い。フェリーを待つ間に立ち寄ると良いのが直島銭湯「I♥湯」だ。銭湯そのものがアート作品となっており、旅の汗を流しつつ芸術作品に文字通り身を投げることができる。若干雰囲気は怪しいが、現代アートらしさを前面に出す姿勢にはまさに「愛」を感じさせるものがあり、旅の最後まで彩りを与えてくれる。
そして宮浦港で帰りのフェリーに乗り込めば、そこに残るのは寂しさだけだ。楽しかった島での記憶を置いていくかのようにフェリーが港を離れていくのを眺めていると、まさに少年時代の夏休みに都会へ戻るときの感覚が蘇ってくる。まだ終わりたくない、まだまだ終わってほしくない、駄々をこねる少年のような叫びが心を駆け巡りながらも無慈悲にフェリーは島を離れていく。だが旅を終えるという意味ではまさしく望ましい光景であり、この光景を大人になってから再び眺めることができるというのはむしろ喜ぶべきことなのかもしれない。

高松行きのフェリーを待つ

桃太郎伝説の残る「女木島」

鬼ヶ島大洞窟

女木島は桃太郎伝説で有名な「鬼ヶ島」のモデルとなったとされる洞窟がある島だ。島にそびえ立つ山にひっそりと隠れる洞窟はほんの100年前に見つかったもので、鬼が棲んでいると言われて頷けるものがある。
女木島に渡るには高松港から雌雄島海運フェリーを使う以外ない。夏季は増便されることもあるが、それ以外の期間では2時間に1本のペースでしか船はやってこないので注意が必要だ。幸い、雌雄島海運フェリーは女木島を経由して男木島へ向かう航路なので、男木島とセットで訪れるとスケジュールは立てやすい。
直島へ向かうフェリーと違い雌雄島海運フェリーは離島フェリーと言うべきこじんまりとした船で、島に住む人々の貴重な足となっている。離島出身の人間であればより懐かしさのこみ上げてくるものであろうと思うが、女木島も離島とはいえ訪れるべき魅力のある島だ。
女木港に降り立つと洞窟行きのバスがすぐに出発し、アクセスよく島を観光することができる。洞窟へはものの10分ほどでつき、森に囲まれた暗い洞窟へ潜り込めばそこは探検心をくすぐられる空間が広がっている。鍾乳洞や炭鉱跡のトンネルとはまた違った、伝説が出来上がるにたる怪しげな内部を進めば、鬼が横から出てくるかのような感覚になる。この洞窟はゲーム内でも探検する描写として描かれており、島の中に佇む洞窟を探検する恐怖と高揚感はまさに夏休みを友だちと過ごしたあの頃のような気分にさせてくれる。
洞窟ではガイドの方もいて、桃太郎伝説と島の繋がりについて教えてくれたりする。ただの洞窟探検で終わらせないところが、もてなし方としてとても好感の持てるところだと思う。
港に戻れば海岸に漂うカモメの群れを見ることができる。生きたカモメではなくアート作品で、風向きによって方向を変えるのがより群れらしい動きを見せ、訪れた人々を楽しませてくれる。女木島にもアート作品が置かれており、女木島には洞窟以外にもあるんだぞ、と魅力を大いに提供してくれる。
女木港で船を待つ間に腹ごしらえもおすすめだ、併設の食堂でおでんとビールを流し込めば気分は最高潮になる。船酔いしやすい人はやめた方が良いが、クソ暑い夏にはビールしかないだろう。フェリーを待つ時間さえも思い出になるのだから、女木島も良い場所である。

壁のようにそびえ立つ古民家の群れ「男木島」

男木島

女木島に続いて雌雄島海運フェリーが最後にたどり着くのが、男木島だ。
大きさは女木島の半分ほどしかなく、島の隅まで徒歩で行けるほどしかない。ここは夏季の増便などもなく本当に2時間に1本しかフェリーがやってこないので観光する際はかなり注意が必要だが、それでもスケジュールに組み込む価値のある島である。猫の島として有名で、島の至るところで寝そべった猫を見ることができる。島で管理している猫なので野良であっても安心できるだろうが、むやみに触らずじっと見守るくらいが観光客の接し方としてはちょうどいいだろう。
男木島に降り立ってまず目につくのが、山の斜面に壁のように張りついた古民家の群れである。島民の多くが住むエリアで迷路のように入り組んでいて、一度迷い込めばどこから来たのか本当にわからなくなる。あちこちにアート作品が点在していて、芸術祭の期間には多くの観光客が行き来するエリアとなっている。
路地の片隅から漂うコーヒーの香りにつられると現れるのが「ダモンテ商会」。島に移住してきたご家族が営むコーヒーショップで、島の風を感じながら一息つくことができる。男木島で貴重な食事にありつけるお店なのでぜひ立ち寄ってほしい。
男木島に来たらせっかくなので足を運んでもらいたいのが男木島灯台だ。港から続く道を30分ほど歩き、森を抜けた先に現れる海岸に静かに立つ灯台は旅の終着点に相応しい姿をしている。ゲームでもヒロインと出会う場所として描かれており、記憶を思い返せば目頭が熱くなるプレイヤーも多いことだろう。
灯台に登ることはできないが外観は存分に見ることができ、都会から遠く離れた地にやってきたという気分にさせてくれる。透き通った瀬戸内の海とレンガ調の灯台のコントラストは、旅がここで終わることを静かに告げている。
港のエリアへと戻り、ふと山の方へ目を向ければ港を見下ろす鳥居が目に入る。豊玉姫神社は港から続く参道の先にあり、石段を登りきり神社でお参りして振り返れば絶景が広がっている。遮るものがない青空に、潮の香りが漂う港町の景色、男木島にやって来なければ見ることのできない景色を前に我々は息を飲む他ないだろう。夏休みに近くの裏山へ登った、そんな記憶が蘇る景色がそこにはある。

三島の回り方のススメ

島へのアクセス

三島を一日で回るのはほぼ不可能(フェリーの接続が悪すぎる)なので、旅程としては一泊二日を計画すると良い。
一日目は朝のうちに直島に上陸して宿泊まですることをおすすめしたい、直島は一日かけるとちょうどよい具合に回ることのできる島なので、島の魅力を最大限楽しむには一日過ごすに限る。とはいえ、島で宿泊できる施設は限られているので、一度高松に戻って高松で一泊というのも手だろう。
二日目は朝から女木島・男木島をセットで回れば夕暮れ時には高松へ戻れる。一日目と二日目を逆にしてもだいたい同じようなスケジュールを組むことができる。雌雄島海運フェリーは直島を結ぶ四国汽船と違って小さいフェリーなので、乗客数によっては座ることができなかったりする。便数の少なさにも注意が必要だ。
東京から向かう場合は、ぜひ寝台特急サンライズ瀬戸に乗車していただきたい。高松駅に朝7時に到着するので、駅から歩いて5分ほどの高松港から8時に出港するフェリーには十分間に合う。駅前のうどん屋で旅の始まりを祝うのも良い。
関西からはさまざまな手段が存在するので割愛するが、本州の宇野から直島はたった20分という距離にあるので非常に使いやすいだろう。高松便より便数も多く、スケジュールに組み込みやすいのは断然宇野便となる。高松便と同じ大型のフェリーで運航されるので、座れないほど混んでいるということもない。
瀬戸内国際芸術祭の期間中には臨時の航路が設定されることもあるので、期間中であるなら調べると良い。

年一で「帰省」したくなる

わたしはゲームをプレイしてから直島へは5年連続で訪れている、もちろんいずれも夏、または夏を少し過ぎたときに訪れた。
ゲームの聖地巡礼自体は初めて訪れた際に一通り訪れ、その次の年は聖地以外の観光名所を巡り、直島・女木島・男木島はだいたい回ったと言って良いほど回った。普通の観光名所であれば二回も行けば充分満足して、次に訪れるのは数年後ないし十数年後、もしくは二度と訪れることもないというのが常であろう。
だが、二回目の翌年、夏が終わりを迎えた頃にわたしは特に理由もなく東京から寝台特急に乗り、気づいたら直島行きのフェリーに揺られていた。つまり、3回目の上陸である。やや肌寒い空気が漂いながらも日差しはまだ夏空のままで、間に合ったと言わんばかりにわたしを出迎えてくれた。ひたすらレンタサイクルを漕いで島を回り、一度どころか二度も感じた景色や空気を、五感で通して心に刻み込んだ。
わたしは旅行好きの部類であり、過去には月3回くらいのペースで旅行していた時期もあった。だが、それだけ旅行していても再び訪れる地というのはそれほど数多くない。ましてや数年にわたって何度も訪れるというのは、帰省でもなければ普通の人間には起こり得ないことである。だが、なぜか年一で「帰省」したくなるなにかが直島にはあったのだろう。
民家の路地を歩けば、そこには「夏休み」が広がっている。
広々とした青空を遮る民家の壁、照りつける太陽と流れる雲、隙間から流れてくる海風と潮の香り、聞こえてくる蝉の鳴き声と自分の足音。
決して都会では体験できず、ここに来ることで味わうことのできる完成された「夏休み」が直島にはある。
もちろん、日本で探せばいくらでも同じような景色はあるはずだ。日本人の心に刻まれている夏休みの景色は、日本の原風景そのものと言っていいものだからである。だが、わたしにとって、現代を生きる一社会人のわたしにとっての夏休みは、直島にあったのだ。
4回目にもなると回るところもついに思い浮かばず、宿にさっさと入ってだらだらするといった、いよいよ観光もしなくなるようになった。島での過ごし方にも慣れてきて旅行スケジュールをわざわざ作るようなこともしなくなり、何時のフェリーに乗ればいいやと投げやりに島を回ったりした。
だが、5回目は逆に初めて訪れた場所の記憶を呼び起こそうと再び名所を訪れ、これもまた色々な思いにふけることができた。そういえば初めて来てからもう数年たったのか、と歳を重ねていることにやや不安になったりしたが、それもそれで味があるというところだろう。
サマポケは島に聖地巡礼という観光需要を呼び起こし、発売当時はネット等でもかなり話題になった。町の至るところにゲームキャラのポスターなどが貼られ、モデルとなった民家や商店などではファンが寄贈したグッズで埋め尽くされたりもした。
だが、発売から数年もたてばさすがにブームも下火になり、直島から徐々にサマポケの聖地という空気は薄れていっている。いまやアートの島として本来の迎え方をしていて、それはそれでやってくる観光客を楽しませている。
わたしが直島へ上陸したきっかけはあくまでサマポケの聖地巡礼であったが、いまの直島であっても夏になればやはり再び上陸したいと思うだろう。ゲームで過ごしたあの夏も、直島で過ごしたあの夏も、夏になればまた恋しくなる景色だ。
都会で生まれ都会で育ったわたしには、夏休みに田舎で過ごすという感覚はなかなか味わえるものではなかった。
だが、祖母の家へ遊びにいった幼い頃の夏休みの記憶はたしかにあり、心の原風景として刻まれているその景色を、わたしは直島に感じている。
みなさんは、夏休みといえばどんな景色を思い浮かべるだろう。
夏になったら「帰りたくなる」場所はあるだろうか、実家でもなんでも構わない、心に深く刻まれた景色があるのではないだろうか。ぜひその景色を目にするためにこの夏を使ってほしい。

琴弾地海水浴場

今年も夏がやってくる、また直島へ行こう。


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