【詩】希釈されて、溶ける
シャワーで身体を丹念に洗い流すと、わたしの身体のあらゆるところに付着していた哲学も一緒に洗われてゆき、そのぶんだけわたしは昨日のわたしよりも綺麗になる。抜けた髪の毛はどんどん排水溝に溜まっていくのに、さっきまでわたしの一部だった自身の哲学は、いとも簡単に排水溝の網をすり抜け、流されたお湯に希釈され、どこかに溶けていく。そのことが寂しくないと言ったら噓になるけれど、あなたに嫌われるよりはいいかな、そう思いながら浴槽に浸かり、風呂場から出ると、わたしは、洗われて生まれ変わった自分の身体を丁寧にバスタオルで拭いた。
あなたに会うと、あなたはわたしのことを躊躇なく抱きしめてくれて、あなたはわたしにいい匂いがすると言ってくれた。わたしもあなたからいい匂いがすると思った。何者も混じりあわない石鹸の匂いがする。あなたもわたしもきっと同じように洗い流されて、だからわたしたちはただ抱きしめ合うことでしか共存することができないんだ。そう思うと余計にあなたから身体を離すことができなくなって、さっき感じた寂しさもすっかり忘れ、洗い流されていないわたしの哲学がないかと不安になる。けれど、あなたは優しくわたしのことを抱きしめてくれて、わたしはそのまま穢れのないあなたを愛していたいと思った。そしてあなたもきっと穢れのないわたしを愛していたいと思っていて、だからそのあいだ、わたしたちは本当の自分を洗い流すしかないのだった。
あなたが好き、愛している。汗をかくとシャワーを浴びる。そしてあなたに会う。そのあいだ、あなたとわたしが溶け合うことなんて有り得ないのだけれど、せめて排水管のなかでわたしたちの哲学だけ溶け合ってくれたなら、わたしはそれでいいかな。
石鹸の匂いはきっとあなたの匂いではないけれど、わたしはあなたの匂いが好きだと言った。