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北欧はメンタルヘルスにどう取り組んでいるか

もともと北欧は、冬の長さや暗さもあいまって、メンタルヘルスには、人一倍気を遣っていたんだろうと思う。私が北欧と関わり始めた20年ぐらい前から冬鬱の話や自殺数が多い話は普通に語られていたが、もっと広くメンタルヘルスについて語られるようになったのは、デンマークが経済好景気に突入した2005年以降だったかもしれない。メディアがこぞって「デンマークでは、多くの人が仕事によるストレスを感じている」などと報道していたのは、2010年前後だったと思う。その後、ストレス対策が組合や企業で提供されるようになったり、鬱対策のアプリ(鬱になってからじゃ遅いから)なんかも散見されるようになってきた。

そんな動きがさらに加速されたのは、コロナ禍も影響しているだろう。コロナが猛威を振るい始めてから数ヶ月で、私のFacebookのウォールには、大人向け、子供向けのカウンセラーのデンマーク語の宣伝が毎日出てくるようになった。政府やコンサルのレポートやブレスカンファレンスでもメンタルケアの重要性が頻繁に言及されていた。外界との接触が減少した2年の間に、普通の人たちでもメンタルが参ってしまっても当然だ、という社会の合意がこの2年間で構築されていったんだと思う。その傾向は今も続いているようだ。

これは、デンマークに限った話ではなく、かの米国でも同じような傾向が見られる。「社食無料からウェルビーイングへ」GAFAの福利厚生が激変した理由、では、GAFAなどの福利厚生が、華やかなオフィスや洗濯や送迎・オフィスで食べ放題の食事サービスなどから、心理的な安心感を与えるためのウェルビーイング支援に変容していることを伝えている。米国のテクノロジー企業のメンタルヘルス支援への転換からは、メンタルヘルスへの注目が世界的な傾向になっていて、今後加速されるのだろうということがわかる。

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大人へのメンタルヘルス支援の次にくるもの

デンマークに住んでいる私が特に最近気になっているのは、若者周りのメンタルヘルスの動きだ。大人と違い、学生はまだ自分の社会ネットワークができていない。コロナ禍に高校や大学に入学した学生、新しく社会人になった人たちは、人的ネットワークを構築することもできず、在宅学習や勤務で成果をあげなくてはならなくなった。わからなかったら隣の席の人に聞くとか、友達に愚痴って解決策を模索することや、通りすがりに先生に相談するとか、遊んで弾けて気分転換するなどが気軽にできない状況は、どれだけ大変で精神的にも参ってしまうことなんだろうかと思う。これは、学生だけではなく、新入社員やコロナ禍で転職した大人は多分同じことを感じている。

アクティブラーニングには社会の今が映し出される

若者周りのメンタルヘルスを意識し出したのは9月の新学期が始まる頃だったと思う。私が教鞭をとるデンマークのロスキレ大学では、デンマークのアクティブラーニング発祥の地で、50年たった今でも徹底したアクティブラーニングを実施している。ロスキレ大学のアクティブラーニングの特徴になっているのが、50−50の割合で実施されるレクチャーとプロジェクトワークで、入学後すぐに初めて知り合った同期の学生と5−6人のグループを作り、プロジェクトを進めていく。ロスキレ大学では、今までずっとこのやり方だった。ロスキレ大学の「アクティブラーニングのための赤本」が配られ、事務方と教授陣からのの充実したサポートが半年かけて提供される。そのアクティビティの中で、学生チームは自分たちで関心分野を抽出し、課題設定をし、並行して行われる授業からヒントを得て、調査や分析を通してプロジェクトを進めていくわけだ。鍵となるのは、自分たちで模索して設定する「社会課題」だが、今年、学生たちが選ぶトピックにちょっとした異変が起きている。

私が担当する3グループ全てが、メンタルヘルスに関わるトピックを選んだ。そしてなんと私の同僚の2グループも。その他グループのプロジェクトトピックを把握してはいないので、私が知っているのは全体の1部に過ぎないけれども、これだけのグループが揃いも揃ってメンタルヘルスを選んだその背景には、メンタルヘルスがデンマークにおいて、もしかしたら20代前後の若者の間で特に、社会的にも注目されているトピックだからということがあるんじゃないだろうかと思っている。過去数年、プロジェクトのトピックとして、環境や持続可能性・ゴミ問題、AIやエコチェンバー、フェイクニュースなんかを選択する学生が多かった。例年、その時に社会が注目している課題が、学生の関心事となり、アクティブラーニングには反映される傾向が大きい。そう考えると、私はこの時まで全く気がついてなかったのだが、20代前後の若者の間で、メンタルヘルスがそれだけ注目されていると考えていいのではないかと思うのだ。

学生が選んだ「メンタルヘルス」のプロジェクト内容は多岐に渡り、対象は、精神疾患であったり、ADHDであったりさまざまだが、最も学生の関心が集まったのは、パニック障害・社交不安障害・対人恐怖症(Social Anxiety Disorder、SAD)だ。SADを中心課題として、その展開は様々に広がる。公的ヘルスケアサイトに紹介されているカウンセラーのナリッジをより一層可視化して、専門家にアクセスしやすいようにするといったような、わかりやすいアプリケーションの開発をトピックにするグループから、VRを用いて社会不安を和らげるための方法論、大学新入生に最適なカウンセリングVRの提案といったものまで、多岐にわたる。

大切な高校の2年間、ほぼ自宅で過ごし直接人と交わることが制限されてきた若い20代が、今コロナが明けたからということで、突然社交的になることを求められている。そして、そんな環境に放り出され、当惑している若者が多くいるのかもしれない。そして、同時に思うのは、デンマークの環境はまだいいということ。社会的にメンタルヘルスの必要性が認識されており、職場や学校でもカウンセラーが活躍している。このご時世、心が病んでしまった人は多いけれども、それなりにコロナ禍のメンタル支援は充実してい る。

一方、日本はどうか。日本の学生が自宅学習に追い込まれている状況にもかかわらずフォローアップがなかったり、新入社員がメンタルケアが欠けている状態で在宅勤務を継続しつつ成果をださなくてはならない状況を聞くにつれ、これは…いかんなと思ってしまう。

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