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[エストニアの小説] 第3話 #8 宮殿 (全10回・火金更新)

#7を読む

 ニペルナーティは足を噛まれたかのように、跳び上がった。
 「なんだって、なんだって」と言い、大きな笑い声をあげた。「この川には一粒の真珠さえないって? わたしが夢を見てるって? わかった、君に証拠を見せなくちゃね、君はどうもわたしを信じたくないみたいだから」
 ニペルナーティはエロの前にひざまずき、じっと目を見てこう言った。「信じてほしい、誰よりもきみを愛してる。神の名のもとに、わたしの持てるものすべてを前に誓うことだってできる。君の父さんんの牧草地がわたしにとって意味があるからそこで働いていたと、川の深さを測っていたと君は思ってるんじゃないかな。ああ、君はあのアホのトゥララと同じくらいうぶだね。どうして君がそんなことを思うのか、理解できない。だけど明日、あさってになれば、君は自分の目で、たくさんの働き手がやって来て、発掘作業がはじまるのを確かめられる。真珠採りの人たちもやって来る、背が高くて、フクロウのような大きな目をした真剣な顔つきの男たちだ。そしてこの砂浜の岬に、その男たちのために美しい家を建てるつもりだ。そうすれば自分達の家を恥じることはなくなる。さらに町から可愛い女の子たちも連れてくる。そうすれば男たちは退屈しない。いいかな、可愛いエロ、君がわたしのことを少しは愛せるか、それとも自分用に、町から女の子を調達した方がいいのか知りたいな」
 「2週間後にわたしがあの牧師と結婚するってことが、まだわからないの?」 エロが静かに言った。
 「ほんとうなの?」 ニペルナーティは驚いて声をあげた。「なんて馬鹿げた知らせなんだ! でもわたしたちはあの哀れな男をなんとかすることはできる。どうするかわかるかい? 教皇の最高顧問のところに行かせるか、ローマ法王としてローマに送るんだ。あるいは修道士として修道院に送るとか。そうすれば自分の不道徳な暮らしについて、考えることができる。違うかい? 笑ってるね、つまりそうしたくないってこと? 君は笑って歯を見せると、とてもキュートだし、すごくきれいだね」

 「かわいいエロ、あいつの首をキュッとひねってほしいかい? 説教しているときに、わたしがそこに押し入って、あいつを子猫みたいにぶん投げようか? あいつのもう片方の足も、静かにそっと折ってほしいかい? ネズミにもハエにも気づかれないようにね。こんなことは簡単にできるのさ、わたしには、何でもないことだよ!」
 「あなたは狂ってる、怖いわ」とエロが震えながら言った。
 「怖がらないで」と優しくニペルナーティ。「君の同意なしには何もしない。わたしたち二人であいつを痛めつけるんだ。見てごらん、この強靭な腕を。ほら触ってみて、ここだよ。この強い腕で負けることはない、たとえ本物の悪魔に出会ってもね」
 「わたしの雇った真珠採りと金鉱掘りが到着したら、宮殿を建てよう。そして高いところから、アリンコの群れが川のそばで財宝を探して動きまわっているのを見るんだ。君は高いところにいて、そこから指示を送る。君は分別があって寛大、ゆったり構えていて厳しさがあって、みんなから崇拝される王女になる。だけど覚えておいて。ニペルナーティだけが君の部屋の敷居をまたげるんだ。他の邪悪な求婚者たちはみんな、極悪人として海に投げ込まれる。ニペルナーティだけが君の手をとるんだ、こんな風に、ほらね」
 「離してよ!」とエロが声をあげた。
 「なんでそんなことを?」 ニペルナーティは驚いて訊いた。「それとも君にはわたしが必要ない?」「その通り!」 エロは強い調子で言うとニペルナーティを押しのけた。そして立ち上がると、家の方へと飛ぶように走っていった。
 「その通り、その通り、その通り!」と森がこだました。

 殴られたように、ニペルナーティは岬の砂地に倒れ込んだ。そこで長いこと、じっと動かずに寝そべっていた。肩が震えていた。大の男が泣いている。月がにっこり笑って空に昇ってきた。

#9を読む

'Pearl Diver' from "Toomas Nipernaadi" by August Gailit / Japanese translation © Kazue Daikoku
Title painting by Estonian artist, Konrad Mägi(1878-1925)


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