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[エストニアの小説] 第3話 #7 真珠 (全10回・火金更新)

#6を読む

  「スウェーデンの王、エリク14世の時代には、ここの風景はまったく違ったものだった。小さな川の流れの代わりに、川幅の広い、深い流れがあって、世界中の戦士たち、貨物船で溢れていた。川べりには大きな要塞や村、倉庫があって、遠い国々からの大きな交易路があった。だからここで虐殺や紛争や戦闘が起きたんだ。農民出の王としても知られるエリク14世が、統治者や人々を支援するためにここに送りつけた金をいっぱい積んだ船が、大嵐で沈没した。大変な海難事故だ、わかるね、エロ。何世紀かが過ぎ、川は干上がり、河口が塞がれた。しかし金の積荷は川に残された、大量の金が今もこの川底に眠っている。見てごらん、君の足元を。黄色い砂利の下に莫大な財宝があって、それは数えきれないほどのものなんだ!」
 「あー、神よ、でもこれで終わりじゃないんだ。もしもう一つのあることに捉えられなかったなら、わたしがこの金のために、ここに来ることなどなかったはずだ。愛する故郷を離れ、こんなボロをまとって、滑稽な農夫のふりをすることもなかっただろう」
 「この川には真珠が隠されているんだ。涙のように美しい、大きくて混じりけのない真珠だ。昔々、ロシアの女帝エカテリーナの時代に、真珠採りの開拓地がここにあった。大量の真珠がここに集められた。この川はたくさんの人に、富と幸せを与えた。あらゆる地域からやって来た船が、港にとどまり、世界中にこの貴重な宝を運んでいった。しかし戦争が起きた。長く、血に染まる戦いだった。統治者や真珠採りたちは殺されたり、ここから逃げていった。村や城は煙に包まれた。真珠だけが尽きることなく現れ、誰もそれを知らなかった」
 「あー、神様、誰にも所有されていない財宝のそばに立っていると、考えただけで気が遠くなりそうだ。この川に隠された財宝は、どんな王、いかなる統治者にも匹敵する。それと比べたら、わたしなど乞食だ。これを発見した日、わたしは道端から王座に運ばれた飢えた放浪者みたいに熱狂した。高熱にうなされるみたいに、うわ言を発していた。世界がわたしの目の前で開かれた瞬間だ。国を買い取り、王を追い払い、気まぐれに財宝を道にばら撒くこともできた」
 「ところが幸福の絶頂のあとに、不可解な憂鬱に襲われた。いったい何のためだ? どうしてわたしは王国や王座、栄光が必要なんだ?」
 「そうではなく、わたしは貧しさを欲していた。金銀の重荷が肩に重くのしかかっていた。真珠は輝いてはいるが、冷たい輝きだ。わたしは結局のところ、夢見る歌い鳥、財宝より太陽や花々や可愛いエロの方に心惹かれる。わたしは不安でたまらなくなり、眠れなくなった。わたしは不幸だった、わたしの人生は思った方向に進まなかった。なぜ自分は青春の日々を、その若さを捨てたのか、なぜ眠れぬ夜を過ごしたのか。どこかの宮殿に居座って、たそがれていく悲しい日々を見つめるため?」
 「あー、わたしのエロ、真珠の首飾りをわたしに作ってほしいかな? そうすれば月夜の晩にそれを身につけて、自分にうっとりして歩くことができる。君のために宮殿を建ててほしいかな? そして君の美しさと平和を守るために、特別に選ばれた500人の奴隷を用意しようか? わたし自身は、年に1度、君のもとを訪ねよう。今と同じ農夫の格好でね。それとも鉄道を敷こうか、そうすれば行きたいところどこへでも飛んでいける。いや、違う、いま君にあげるのは人形だ。ものすごく真剣な目つきの大きな人形だ。そうすれば少し気が休まって、この哀れなニペルナーティに腹をたてたりしなくなる」
 「ああー、君は難しい顔をして黙ったままだ。君の望みがわからないと思うと、気が狂いそうだ。どうしたらいいか、頼むから教えてほしい。おそらく君は統治者に、王女を従える女帝になりたいんだね。それだって叶えてあげられる。わたしの財宝をもってすれば、並いる王国を滅ぼすこともできる。そうすると人々はわたしが新たな預言者で救世主であるかのように、わたしの後を必死になって追う。可愛い人、君は金の魔力や真珠の魔法をまだわかってない。物乞いは君主になれるし、卑しい奴隷も大臣のように国を導くことができるんだ」
 「教えてくれればいいだけだ、わたしの力ですべてが可能になるのだから。わたしの肩にのしかかる金の重みはどれほどか。この山ほどの真珠が、その冷たい輝きで、どれほどわたしの魂を燃え上がらせることか。それを手にしてごらん。わたし自身はみすぼらしく貧しい姿でここに着いて、ここを去っていく。でも神の力のせいで幸せな気持ちに満ちている。君の目の前の川の流れを見てごらん。どれだけの運があることか、どれほどの幸福がこの流れの下に隠されているか! 愛してるよ、エロ。不作法を許してほしい。愛してる。わたしは責められるのかな。わたしはそれほど醜い? あー、言わなくていい、自分でわかってるから。ずっとずっと前からわかってる」
 エロはニペルナーティの隣りに静かに黙ってすわっていた。

 「夢ばっかり見て!」 エロは夢から覚めたように大声をあげた。「この川には真珠なんて一粒もないの」

#8を読む

'Pearl Diver' from "Toomas Nipernaadi" by August Gailit / Japanese translation © Kazue Daikoku
Title painting by Estonian artist, Konrad Mägi(1878-1925)


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