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[エストニアの小説] 第3話 #6 考古学者(全10回・火金更新)

#5を読む

 トゥララは赤い目をして歩きまわっていた。ああ、天の神様、とため息をつく。どうしたらいいの、ニペルナーティはわたしを愛してるって。トゥララはどうしてか自分を恥じていて、悲しいとさえ感じていた。それでニペルナーティに近寄ろうとしなかった。重荷を背負ったように感じていた。恩義のような、うまく想像できないもの。心の内でトゥララは、自分は愚かで、役に立たない人間だと思ってきた。いつもみんなから侮辱され、威張り散らされてきた。それなのに今、自分の愛や口添えが求められているのだ!
 最初トゥララは森に走り込んで、二度とここには戻って来るまいと思った。しかしそんな振る舞いはあの人を傷つけてしまう、と思うようになった。それでどう解決すべきかわからなくなった。ただため息をつき、一人でいれば涙が溢れ、めそめそと泣いていた。気の毒なニペルナーティ、可哀想な人、あなたはどうなるのでしょう!

 ところがニペルナーティはここにきて、ひどく厳粛になって、トゥララにも女主人にもエロにも気を向けなくなった。店に出かけていって、自分のために紙と鉛筆と長さを計る尺づえをいくつか買った。そして朝も晩も自室にこもって、図を描いたり、計算したり、何か書きつけたり、そしてときに急いで河口まで走っていって、水深を測り、また計算するために帰ってきた。尊大で謎めいた態度をとり、エロがニペルナーティに向かって何か尋ねても、返事すらしなかった。

 女主人がついに心配してこう尋ねた。ニペルナーティさん、昼といい夜といい、いったいぜんたい何にとりつかれているの? すると彼は渋々、みんなに聞こえるようにこう言った。「わたし以外に気にかけている者はいるのか? 誰もわかってない。農場は廃墟と化すだろう。牧草地が湿地や泥炭地になるなんて、誰も気づかなかった。河口が何年もの間、塞がれていたため、水が海に流れなくなっている、それで干し草畑に溜まってる。もっとずっと前に、誰かがそこをどう掘るか考えるべきだった」
 誰もが胸をドキドキさせて話を聞いていた。ニペルナーティはこう続けた。「ここでやらねばならない重要な仕事があるときに、どうして出ていくことができようか。お嬢さんのエロはもうすぐ結婚する、あの牧師がこの畑や牧草地を手に入れる。こんな状態で農場をあの人に受け渡すなんて、恥ずかしいことだ」
 ニペルナーティは充分な計算をし、図を描き、計測をすると、ある夕べ、ご機嫌になって農場に戻ってきた。そしてエロに向かって、威厳を見せつつも親切な口調でこう言った。「お嬢さん、今日、わたしと一緒に河口まで行きましょう」
 「どうして?」 エロが不満げに訊いた。
 「来たらわかる」 ニペルナーティはただそう返した。
 エロはショールをはおり、一緒に出かけた。その道筋、ニペルナーティは口をきかなかった。だが上機嫌で口笛を吹き、笑ったり、手を擦り合わせたりした。二人が河口に着くと、エロをさらに気づかって、自分の隣りに座るよう頼んだ。「可愛い人、いいかな、わたしの秘密を打ち明けてもいいかな?」 そう親しげに話しかけた。
 「いいかい、わたしは仕立て屋ではないし、漁師でも、農夫でもない。すべて出鱈目だ。ここに来てから君にも、みんなにも嘘をつかねばならなかった。そうしないことには、ここから追い出されていた。わたしは愚かな農夫の真似事をして、畑を耕し、肥料を施し、そのほかいろいろやった。いいかな、エロ、将来、わたしはこのときのことを人生で一番こっけいな出来事として思い出すだろうね。わたしが何者か、君に話そう。考古学者なんだ。人生のほとんどを、書物を読み、学ぶことに費やしてきた。わかるよね、聖書みたいに分厚い本ばかりだ。そうやってわたしは、他の者が夢にも見れないようなことをそこから発見したんだ」
 ニペルナーティは熱狂して語り、興奮のためその手は震えていた。

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'Pearl Diver' from "Toomas Nipernaadi" by August Gailit / Japanese translation © Kazue Daikoku
Title painting by Estonian artist, Konrad Mägi(1878-1925)


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