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[エストニアの小説] 第2話 #11 訴訟 (全12回)

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 3兄弟も、ついに可愛い猿を捕らえることができたと大喜びで、ハアハアと息を弾ませて家に戻った。ニペルナーティですら、英雄になった気分で、嬉しそうに口笛を吹いた。
 
 2、3日して、教区の使いの者がクルートゥセにやって来た。
 「悪い知らせだ!」 教区の使いは遠くの方から叫んだ。「すごく悪いニュースだ。あんたたちに残りの人生はない。すぐに自分の棺をもって、森に走っていくしかない。友だちとして言ってるんだ。ノギギガスの親父はわたしの古くからの知り合いだ、一緒によく飲んだものだ。だがあんたたち息子は、すべて間違ってる。監獄と死刑しかおまえたちにはない!」
 「この貧民は何を言ってるんだ?」 ヨーナタンが頭にきて声をあげた。
 「おれは貧者じゃねーぞ」 使いの者が怒って答えた。「おれは裁判所の使いで来てんだ。おまえらの悪事と腐敗を徹底的に撲滅するためにな。おまえらはキリスト教徒を怒らせて、正直者たちをからかい、貧しい人を陥れ、無垢な女の子たちを遊びの道具にした。悪さは限界に達した、おまえらの首には縄がかかってる。もう逃げられんぞ、この小僧っ子が!」

 「まず、おまえたち、ヴィカベレ教区のクルートゥセ農園のペトロ、パウロ、ヨーナタンは、ライオンが吠えたてるような怒りをもって告訴された。ヤーンの息子、マディス・シルケルのライ麦畑を踏みつけにしたからだ。今後いっさい何も育たないくらいめちゃくちゃにな。このシルケルが、穀物を踏みつけにした代償に、670クローンと4セントを請求している」
 「次に、おまえら悪党は、ライクサーレ農園の主人でペーターの息子、ペーター・プースリクに、権限なく、真っ昼間に所有者の木を切り倒したかどで起訴されている。ペーターは340クローンと価値を見積り、早急な支払いを求めている。同時に裁判所に向けて、勝手気ままな行為と他者の所有物の略奪について、あらゆる法の規定に鑑みて起訴することを求めている」
 「3番目には、ミヒケルの息子、ミカエル・トラマーが、村じゅうを呼びあつめて自分のライ麦畑をめちゃくちゃにしたこと、また権限のない行為に対する刑事訴追として、人々を扇動し、ひどい騒ぎを主導したことで非難している。これに対して、法によって定められたやり方で、660クローンを要求する。このような重罪は、数十年の投獄によって、情け容赦なく罰せられる」
 「4番目には、、、」
 「あー、神よ、もう充分だ!」 ヨーナタンがうめき声をあげた。「髪の毛が総立ちになる、頭がグルグルする、ああ、吐きそうだ!」
 「こいつの口は少しの間も閉じることがない。俺らの顔にくずを撒き散らしている」 ペトロが苦々しく言った。
 「4番目」 使いの者が続けた。「汝、同ヴィカベレ教区の同クルートゥセ農園のノギギガス兄弟、ペトロ、パウロ、ヨーナタンは、イワンの息子ヤーン・クスラプによって、斧一つ、ノコギリ一つを盗んだことで非難を受けている。窃盗の行為は、法によって最も浅ましく、最も不穏当な行為として処置される」
 「5番目、、、」
 「まだまだあるのか」 ヨーナタンがうめいた。
 「この使いは正しい。鎖でつながれた囚人みたいだ」とパウロが嘆いた。
 「5番目」 使いの者が続けた。「汝、明日、牧師館に来ること。そして釈明をする。これらの請求がすぐに裁判所に送られるだろう。そして」と使いの者が結んだ。「汝らの母親の通夜からの残りの一滴があるなら、わたしの喉が少し潤うだろう」

 ペトロは自分で酒を取りに走った。ヨーナタンは豚肉にスナックをつけて運び、パウロは昼食の残りもので目についたものを持ってきた。ミルク、パン、塩とそばの実。パウロは懸命に使いの者の前に、運んできたものを並べた。使いの者は食べ、飲み、何も言わなかった。
 「天の神よ、神の子よ、いま、ここで何が起きようとしてるのか?」 パウロが泣き声をあげた。
 「おそらく、使いの方に何かいい考えがあるのでは?」 ペトロが慎重な面持ちで尋ねた。
 「そうしたいと思えば何かできるはずだ」 ヨーナタンが言った。そしてペトロに、こいつに金を渡したらと耳打ちした。そうすれば何か言うんじゃないか。確かに、この手のことを彼は知っているはずだ、校長がABCを知るように。ペトロが3000マルク紙幣*をパンの塊の上に置いた。すると使いの者は動じることなくそれをポケットに入れた。
 使いの者は食べ終え、ウォッカの瓶を手に、帽子をあげて挨拶して去っていった。
 「わたしには何もできない、何もだ」 そう言って去っていった。「きみら悪漢よ、刑務所でしばらく過ごすことになるだろうな。首吊りに合わなければラッキー、神に感謝を」
 そして立ち止まってはウォッカをグイと飲み、よろよろと牧師館へと帰っていった。
 「あいつ、たいした詐欺師だな」 ヨーナタンが怒りの声をあげた。「また奴がここに来たら、目ん玉をほじくるぞ。あいつは食べて、飲んで、金も持っていった。なのに一言もなしだ。挙げ句の果てに、オレらのことを悪漢呼ばわりしてな」

*マルク紙幣:20世紀初頭のエストニア独立により、1928年、マルク(エストニア・マルカ=ドイツ・マルク)と替わってクローンが導入された(小説はこの年に発表されている)。エストニアは歴史的に、ドイツ、ソ連、スウェーデンなどの支配を受けて続けてきた。独立回復を宣言したのが1991年、その年に国際連合へ加盟した。

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'Toomas Nipernaadi' from "Toomas Nipernaadi" by August Gailit / Japanese translation ©: Kazue Daikoku


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