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[エストニアの小説] 第2話 #12 ニペルナーティ (最終回)

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 「あれこれ言うのはやめろ」 パウロがうなった。「次は俺たちの目ん玉がほじくられるぞ」
 「まったく酷いことだ。猿狩りは神様に呪われた」 ペトロが言った。
 「さてと、これであのプースリクが俺たちを手にしたってことだ」とパウロ。「俺たちがカタツムリみたいに這っていって、あいつらの前で這いつくばらないと放ってはおかないだろう。畑を踏み潰したりカバノキを切り倒したことの莫大な請求額を、どうやって手に入れる? それに俺たちは刑務所入りだ。たいした負債とともにな、俺たち地主がだ。すべては売り払われる。農場、家畜、農具、耕運機。あの猿だってオークション行きだ。俺たち、この教区の貧民になる。施しを求める身になるんだ」
 「オレら、すぐに逃げてはどうだ!」 ヨーナタンが大声をあげた。
 「逃げ道はない、ひとたび裁判所がこっちに目を据えたらな」 ペトロがむっつりと言った。「あいつらはキツネの巣穴からだって、追跡者を引っ張り出す。逃すことはない。それにいったいどこに逃げる? あちこちに牧師館があり、警官がどこにでもいる」
 「じゃあ、街に行って、腕のいい弁護士を雇ったらどうだ」 ヨーナタンが言った。「真っ昼間にオレらを捕らえられはしない、手錠をかけたりはさせない。いいか、オレらの持ち物すべてが告訴で取られたとしても、オレらの正当性は計られるべきだ」
 「正当性だって?」とパウロが笑った。「そんなもの見たことないぞ。それともこの猿狩りで、俺たちが木を切ったり、畑を踏みつけにしたのは事実じゃないっていうのか? 聖なる神よ、今もノコギリのギコギコいう音や木がドサリと倒れる音が聞こえます。どんな正当性が俺らにあるってんだ? 俺らの犯罪は火を見るよりも明らかだ。それはどうしようもない」
 「オレは犯罪者じゃない!」 入り口の敷居にすわってツィターを弾くニペルナーティを見ながら、ヨーナタンが腹立たしげに声をあげた。ニペルナーティが3兄弟の不幸に無関心で、何事もなかったかのようにツィターを気持ち良さげに響かせているのがヨーナタンを怒らせた。

 「誰のせいか、オレは知ってる」とヨーナタンがひとことひとこと区切って言った。「あそこにいる奴がそいつだ。愛する母親が死んでオレらが落ち込んでるときに、馬鹿な商売を始めるように言ったのはあいつじゃなかったか? 騒ぎを起こすことになる猿を買いに、ラトビアに行かせたのはあいつじゃなかったか? あれこれ扇動したのはあいつじゃなかったか? ほら、何を待ってる、木を切り倒せ、とな。みんな、何を見てる、ライ麦畑に入って猿を捕まえるんだ、とな。こいつがいなけりゃ、何も悪いことは起きなかった。猿は木の上ですくんでいて、オレらはその下で静かに酒を飲んでればよかった。オレらには時間が足りなかったのか? ミカがちょっとの間、木に登るのが何か悪かったのか? 猿っていうのは木に住んでたんだ、だからと言って、森の木を全部切り倒すことにはならん」
 「ヨーナタンの言うことは正しい」とペトロ。
 「うん、そうだな。その通りだ」とパウロも同調した。
 「結局のところ、ここにいるやつが誰なのか、どこから来たのか、俺たちは知らない。こいつの出生証明を見た者はいない。こいつは逃亡者じゃないのか。農園にやって来て、近い親戚のようなふりをして、家じゅうの管理を手にして、作男や女たちを雇って、俺たちを子ども扱いして、現金を手にして、小言を言いながら金をそこから俺たちに分けた。いいか、これまで生きてきて楽しいことはいろいろあった。だがこんなインチキは初めてだ。人生が台無しだ」

 ニペルナーティはツィターを弾く手をとめた。眉が震え、頬が紅潮した。そして立ち上がるとこう言った。「わたしを非難する理由などない。きみらの商売はあらゆる面でうまくいっていた。わたしは農場を整えた。君らに不満があるなら、わたしは出ていく」

 「あいつが農場を整えたって、勝手に歌ってろ!」 ヨーナタンが叫んだ。「こいつはオレの恋人に言い寄った。うまいことを言って、あの娘をここに連れてきた。それであの娘が懸命に働いて、オレのために走りまわっていたせいで、足にまめができた。あいつはそれを自分の手柄にしてる」
 「誰がプースリクの木を切るよう命じた?」 パウロが立ち上がって、両こぶしを振りまわしながら訊いた。
 「誰が村の人たちをライ麦畑に呼びつけた?」 ペトロが大声で言った。
 「ここで起きた酷いことの責任はいったい誰にある?」 ヨーナタンが叫んだ。「いいか、これまで、こんな風に俺のこぶしがうずうずしたことはない。こいつのせいで、俺らの持てるものすべてを失うことになる。こいつのせいで、俺ら刑務所行きになる。いいか、この世の審判というのはこういうものだ。無垢な者が苦境に陥るんだ!」

 「こいつをぶん殴れ、もう話すことなどない!」 パウロが言った。「こいつを殴るほどの喜びは、ほかにない。無垢な人間がやられたんだからな。こうして本物の悪党を手に入れて最高に幸せだ」
 ペトロが自分の上着を投げ、雄牛のような鼻息で怒りをぶつけた。真っ赤になって、ギラギラした目で睨みつけた。
 ニペルナーティは、大事な楽器を守ろうとツィターを腕に抱えた。そして当惑してその場に突っ立っていた。
 「こっちへ来い、クリスチャンを冒涜するやつよ!」 ヨーナタンが大声をあげた。
 「いいか、どうやって猿を捕まえるか教えてやろうじゃないか」とパウロ。「いいか、木がどういう風に切り倒されるか、藪が焼き払われるか見せてやろう。火で熱くなったからといって泣くんじゃないぞ」
 パウロはこん棒を握ると、ニペルナーティに向かってきた。
 が、ちょうどそのとき、ミーラが泣きながら庭に走り込んできた。そしてヨーナタンの方へまっしぐらに走っていき、その腕に飛び込み、泣きながらこう訊いた。「本当なの? 本当のことなの、明日、刑務所に連れていかれるって」 ペトロとパウロが手をとめ、頭を垂れ、ヨーナタンを睨みつけた。
 するとニペルナーティはサッと帽子を手に取り、ツィターを肩にすばやく掛けると、走るようにして敷地の外へと出ていった。道に出るまで、スピードを緩めることなく進んでいった。
 そしてクルートゥセ農園の煙突と屋根が見えている間は、帽子を被らず手にしたまま歩いていった。

第2話「ノギギガスの3兄弟」おわり

*第2話、終わりまで読んでいただき、ありがとうございました。この続き第3話「真珠採り」は10月18日(火)より連載を予定しています。

'Toomas Nipernaadi' from "Toomas Nipernaadi" by August Gailit / Japanese translation ©: Kazue Daikoku

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