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[エストニアの小説] 第2話 #6 ラトビア (全12回)

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 「で、それで」とニペルナーティは興が乗ったように言った。「ことはもう決まったんだね、素晴らしいじゃないか」
 「そうなんだ、すごいだろ」 ヨーナタンも喜んで答えた。「ペトロが自分で機械を買いに街まで行くと約束した。そしてあらゆることを自分で調べると言った。どうやって使うかとかね。だけどまずは、全てのことを秘密にしなくちゃならない。近所のやつらが嗅ぎつけないようにな。あんたがオレらの貸借人だということをはっきりさせよう。しかしオレらもこの農場に留まる。差したることは何もせずにな。だが母さんが埋められて、機械が街から運ばれてきたら、農場の馬を出して、荷馬車に荷を積んで、祭りから祭りを渡り歩くんだ。あー、なんて楽しそうなんだ。この先、楽しめそうだ」

 ヨーナタンが鳥みたいにピーピー騒いでいる間に、二人はロフトの梯子を降りた。ヨーナタンは主人になるという重責から逃れて、ウキウキしていた。未来は明るい。突然農場に現れて、自分たち兄弟に急転直下の解決をもたらした見知らぬ者に、ヨーナタンはどうお礼を言っていいものか見当もつかなかった。兄たち二人はヨーナタンに風来坊の世話を頼んでいた。ロフトに起こしにいく前の2、3時間、納屋のまわりをブラブラして時間をつぶした。そして牛乳を入れたマグカップにパンひと塊を、井戸の蓋の上に置いておいた。それを今、ニペルナーティに食べるよう促した。

 パウロが鐘打ちと一緒に庭に現れた。鐘打ちは屍を棺の中に入れたら、讃美歌を歌うよう頼まれていた。脇の下に聖書と讃美歌の本をいくつか携えていた。ペトロは近くの町まで、棺とウォッカを買いに出かけていた。ヤンガと見知らぬ男が、牛小屋の前で子牛を刺し殺していた。犬が数匹そのまわりを飛びはね、吠えていた。屋根の上からカラスの群れが、貪欲に子牛の屠殺を眺めていた。大胆な何羽かはヤンガの頭のすぐ上で、獲物はまだかと円を描いて飛んでいた。

 ニペルナーティは湖の方へと向かった。長いことイグサの方をじっと見つめ、老いぼれ爺さんの白い頭を見つけると、ミーラの小屋へと急いだ。
 「ちょっと、ミーラ!」 ドアを開けて、暗い部屋の中を目で探しながら叫んだ。「いるのかい? それともいないのかな?」
 「ここ、ここ」 暗い部屋の隅からミーラが答えた。ニペルナーティは長椅子に座ると、被っていた帽子を背中に外し、楽しそうに話し始めた。
 「君にいいニュースがあるんだ、ミーラ。今日から先、わたしはクルートゥセの主人になる。こういうの、どう思う? 3兄弟から農場を現金で買ったんだ。これが哀れなあいつらが、どこから金を手に入れたかってことだよ。母親は埋葬されねばならない、そして生活するには金がいる。いっぺんにそんだけの金額を支払うのは、残念なことではある。ミーラ、君が見知らぬ人たちの間にわたしをほっぽっておくとは思えない。わたしは神様の獣みたいにひとりぼっちだ、農場の仕事を手伝ってくれたり、農地の世話をしてくれる友だちも親戚もいない。君がわたしのところに来て、農場を手伝ってくれるのは理にかなっている。わたしは君のことをすべての動物や穀物とともに信じるだろう。それは君がわたしをだましたりしないからだ。それに加えて、君は農場で働く人を、強くてしっかり働ける働き手を連れてくるだろうね。飲んだくれたり騒ぎを起こしたりせず、馬のように働く人たちだ。わたしはよそ者だ、このあたりのことを知る手だてがない。それから君の父さんも農園に来て住むことができる。この暗い小屋で、朽ちていくことにどんな意味がある? あー、ミーラ、わたしたちの希望の日が目の前にあるんだよ」

 ミーラは何と言ったらいいのかわからず、ポカンと口を開けて聞いていた。
 ニペルナーティは答えを待ってはいなかった。さらにあれやこれやを話し、すくっと立ち上がると、じゃあね、と言って出ていった。

 ニペルナーティは畑の間の道を、作物の育ち具合を確かめながら歩いていった。そして鳥の歌声に耳を澄ませた。幸せであり、上機嫌でもあり、声をあげて笑い、ひとりごとを言った。雲が牧草地に黒い影をつくり、風が道の土を巻き上げた。ニペルナーティは森に入っていった。キツネの足跡を見つけ、巣穴を探しに出かけた。

 森から戻ってくると、もう夕方だった。
 女主人が埋められて、通夜にやって来た人たちが家路について、飲み食いや騒ぎがおさまると、3兄弟の出発の準備が興奮気味に進められた。ペトロは街で必要な機械やフィルム、テントなどを買ってきていた。パウロは注意深く荷物を積み込んだ。ヨーナタンは何回も郵便局まで走っていき、ヨーナタン・ノギギガス宛ての手紙が来てないか聞いたが、サルの提供の知らせはなく、3兄弟は望みを失っていった。
 
 ある朝、ヨーナタンは郵便局から怒り狂って戻ってきた。悪態をつき、唾をペッとはき、神様や聖人たちの名を挙げて激しい復讐を誓った。
 「あのプースリクの悪魔のしわざだ」 そう叫び、顔を怒りで真っ赤に染め、兄たちに手紙を渡した。それは短い手紙で、たった一つ、質問が書かれていた。ヴィカベレのクルートゥセ農園のヨーナタン・ノギギガスが新聞を使って猿を探しているそうだが、それはそいつと結婚するためか?

 2日間、プースリクに対する戦闘協議が開かれた。あの悪魔に何をしてやろうか、警察に直行して、裁判に訴えるべきか、それともプースリクの家に火を放つか。しかし挙げられた罰ではぬるすぎるということで、さらなる熱い議論が続いた。

 ところが3日目の朝、ラトビアから手紙が届き、ある聖職者が本物の猿を飼っていると言ってきた。この知らせは3兄弟を狂喜させ、すぐに復讐の計画は捨て去られた。そしてこの貴重な動物をどうやってラトビアから運び込んだらいいかの議論に入った。長い思索と議論のあと、ヨーナタンが出かけて行って、猿を手にするという結論に至った。ニペルナーティは厳粛な面持ちで、テーブルの上で金を数えた。パウロはヨーナタンに、神の名において行儀よく振る舞うよう、長旅の間、慎重に控えめに行動し、喧嘩をつつしみ、ウォッカを飲みすぎないようさとした。ペトロは、帰り道、猿をどのように世話するかについて、何を飲ませ食べさせるか、アドバイスした。そしてヨーナタンは出発した。ヨーナタンは駅まで馬車で行くとき、パウロの隣りに座ると、徴兵にでも取られたみたいに、あるいはアメリカに移住でもするかのように、目に涙をためた。

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'Toomas Nipernaadi' from "Toomas Nipernaadi" by August Gailit / Japanese translation ©: Kazue Daikoku


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