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[エストニアの小説] 第2話 #5 猿 (全12回)

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 ニペルナーティは話を続けた。「そのとおり、お金というのは能力のあるやつが好きだ、いつだってね。ひとたび流れ出したら、もう止まることがない。袋の口を大きく開けて、どんどん間違いなく流れ込むようにしとけばいいだけだ。すぐに君らは上等の上着を着て、それを昔の友だちや知り合いが見に来るときがやって来る。そうしたら当然ながら、プースリクやシルケル、トラマーたちの農園や動産、不動産のすべてを買い取るときがくる。きみらの栄光と成功の証明として、買い取った農園を一つにまとめて、広々とした敷地に大邸宅をつくる。湖のそばに立派な領主邸が建てられ、それは大きなレンガ積みの家だ。その間に、プースリクやシルケルたちは、農園からすべての金をダダ漏れさせて、きみらのところに来て農夫として、監督係として、家畜番として雇ってくれと言ってくる。そしてノギギガスの息子たちがどんなに立派かを目の当たりにするわけだ!」
 「その計画は実に理にかなってる、その通りだ」 ペトロが考え深げに言った。「あのバカたちにたっぷりの金を、きっちりと見せる必要があるな。あいつらを居酒屋に連れていって、死ぬほど飲ませてやるんだ」

 「だけどオレは頑丈な男たちをまず雇って、あいつらに一発お見舞いする」とヨーナタンが主張した。
 「それから牧師による宗教的な戒告も悪くないな」とパウロ。「説教壇でプースリクにでかい戒告をやったら、どれくらい牧師に払う必要があるんだ? 『震え怯える、価値のない魂よ、地獄の門が怒った雄牛みたいに、おまえの前で口を開けている。プースリク、わたしは聞いたぞ、おまえがふしだらな道を歩み、無垢な少女の眠りに侵入し、薄汚く酔いしれるとな。火の粉が、灰が、おまえの上に降りかからんことを、おまえの牛や豚がかさぶただらけにならんことを祈る! 恥を知れ、このアンポンタンが、ヒンミンが!』みたいな。そうすると、偽善家ぶったクソ爺の顎が地面を打つことになる。そういうことに金を出す用意はある。たんまりな」

 「オレらは母さんを早いとこ地面に埋めて、ここから出ていかなきゃ」 ヨーナタンが意気込んで言った。「明日、母さんを礼拝堂に連れていくのはどうだろう?」
 「だめだ、それはよくない」とペトロ。「死んだ人間は少なくとも3日間は、棺に入れて棺台に寝かせておくんだ。それから事をはじめるんだ。それに俺たちはそれほど急いじゃいない。2、3日ブラブラしてればいい」
 「そうだ、その通り」 パウロが賛成した。「事はまだ決まってないし、農園をどうするかも不確かだしな。俺らが出ていったら、誰がこの農園に残るんだ?」

 「うーん、いいかな」 ニペルナーティが口を開いた。「わたしは今ここにいて、君たちに同情している。わたしがしばらくの間、この農場の世話をしよう。君たちは、わたしが不快な思いをして飽き飽きすると思うだろうね。わたしは君たちを少しだけ助けることができるけど、いつか確かな貸借人を見つけることになる。いいかな、君たち。だけど農場労働者は雇わねばならないし、女性も一人、これはわたしが何とかできると思う。もし君たちの仕事がうまくいけば(神様を信じるように、わたしはそれを信じてるけど)、そうなれば事をどうにでも動かせる。重要なことは、君たちが少しでも早く、ここから立ち去ることだ」

 星が暗い空で瞬いていた。巨大な船のような雲が、昇ってきた月のせいで黄色に染まり、天の川をまたいでかかっていた。近くの森が熱気を吐き出し、タールの臭いを漂わせた。1羽の鳥が眠りから覚めて金切り声をあげ、飛び上がり、びっくりして、また木の上にドサリと舞い降りた。湖は銀色に輝き、木々は喉を乾かせて枝を湖に浸した。1羽のフクロウが湖を渡っていき、コウモリが、ツバメが飛行するみたいに、水面の上を急降下していった。讃美歌と祈りの声が、まだ家から聞こえていた。誰かが陰鬱な声で、ハンマーでも打ちつけているように、ひとこと、ひとこと、聖書を読み上げていた。

 すると突然、ニペルナーティはこの会話に飽きてきた。長々とした議論にうんざりしていた。ニペルナーティの高揚は去って、言葉はつきた。汗をにじませた額を手で拭うと、立ち上がった。ここでわたしはいったい何をした? プースリクやシルケル、3兄弟、そして農園、こいつらはどうにでも好きにやればいい、自分には関係ない。

 「もう寝る時間だ」 とろんとした声でニペルナーティは言った。「話は任せる。判断して決めてくれ、それでどうなったか、明日教えてくれ」
 そして帽子を持ち上げ、ツィターを壁のところから取り上げ、納屋のロフトへ登っていった。
 ニペルナーティのツィターを弾く小さな音がしばらく聞こえていた。

 次の朝、ヨーナタンがニペルナーティを起こしに来た。
 「事は決まった」とヨーナタンは嬉しそうに言った。「オレら一晩じゅう話しに話し、言い合った。だけど朝までに意見が一つになったんだ。そうじゃなければ、こんな長い話にはならなかった。オレんとこのパウロは変わったやつで、物事に反対してるんじゃなくて、ただ長々と議論したりあーだこーだと考えるのが好きなんだ。だからあいつに関しては、ぶつぶつと言わせとくか、バシッと叩いてやるしかない。でもな、今、オレらは新聞に告知を載せるところまで行った。ヴィカベレ教区にあるクルートゥセ農園のヨーナタン・ノギギガスは、生きた猿に金を払う、とな。オレらはこの商売は猿なしではうまくいかないと判断した。田舎者から金を巻き上げるには、映画だけでは不十分だ。目を楽しませるもの以外に、自分の手で触れるものが欲しい。だけど農場については、あんたが面倒をみてくれるんだろう?」

 ニペルナーティは目をこすり、自分がどこにいるのか、何が話されているのか、しばらくの間、まったく理解できなかった。昨日の話し合いはもう頭からすっかり抜けていた。少したってやっと、ヨーナタンの顔を見て、話を聞いているうちに、前日のことを思い出した。

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'Toomas Nipernaadi' from "Toomas Nipernaadi" by August Gailit / Japanese translation © Kazue Daikoku

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