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ケース:自分よりも優秀な部下を持つマネージャーAの器

「人としての器」に関する実践的な理解を深めるためのケースを作成しました。

以下、自分よりも優秀な部下を持つマネージャーAのふるまいをみながら、「人としての器」という観点で、何が課題なのかを考えてみましょう。


ケース:自分よりも優秀な部下を持つマネージャーAのふるまい

【状況】

ある企業においてマネージャーAは、3人の部下を持っています。

30代前半の部下Xは非常に優秀で、これまで様々なプロジェクトをリードし、いずれも成果を出してきました。

周囲はXの能力に関しては高く評価しており、X自身もどんなプロジェクトであっても成果につなげるという強い自信を持っているようです。

しかし、マネージャーAは、部下Xが時に意見を強く主張するがゆえに一部の社員との間で対立が生じており、また上司である自分に意見を求めずに意思決定をすることもあるため、部下Xに協調性が欠けていると感じています。

部下Xは、これまでの10年のキャリアにおいて、商品開発→事業推進→新規事業立ち上げ→経営企画→人事など組織の前線から裏方まで一連の仕事を担当してきました。

ただし、頻繁に仕事を変えていることから、その都度の上司との衝突が原因で異動につながっているのではないかと、マネージャーAは推測しています。

そこで、同じチームメンバーである部下Yに対して、部下Xについてどう思うかを、尋ねてみると次のように返答がありました。

部下Y:
部下Xは、たしかに仕事ができて、これまで様々な経験をしているので頼りになりますし、彼の判断は信頼できます。ただ、普段接している中では、私たち同僚に対して「考えが浅い」「情熱が足りない」と感じているのだろうなという一面も垣間見えます。また(マネージャーAも含む)管理職に対しては、「マネジメント能力が低い」「部下の成果を横取りする」「仕事内容に見合わないほど報酬が高い」と批判的に捉えているコメントを聞いたことがあります。

これを聞いたマネージャーAは、やはり部下Xが協調性が欠け、独りよがりで傲慢になっているように感じました。

そこで、マネージャーAは、部下Xと1on1面談の時間をつくり、彼に「協調性が足りない」という点を伝えて、改善に向けた指導をすることにしました。

マネージャーA:
これまで君が優れた成果を出していることにはとても感謝している。でも、もう一段高いレベルで仕事をしていくためにも、これからは、もっと協調性を持つことが必要だと思うんだ。実際、周囲のメンバーの間で対立が起きているようだし、君の言動によって辛い思いをしているという声もあがっている。どれほど論理的に正しくて、実効性のある優れた提案ができたとしても、もっと謙虚になって、周りに対して配慮する姿勢を持つことができないと、この組織の中ではやっていけないよ。

部下X:
たしかに、私が求めている仕事の水準が高いために、周りに辛い想いをさせているところもあるかもしれません。でも組織をよりよくしたいという想いを持って、自分でも必死に勉強をして、いくつもの新しい提案をして、成果にもつなげています。私が理想とする仕事の水準を周りのレベルに合わせて下げるべきだ、とおっしゃりたいということでしょうか?

マネージャーA:
いや、高い水準で仕事をしてもらっていることには、とても感謝しているんだ。ただ、君の進め方に周りがついていけないので、もっと相手の立場を考えて発言してほしいと思っている。実際、この前のプロジェクトでも、私に一度も相談することなしに勝手に進めただろう?そういう姿勢で、周りへの配慮が欠けたまま仕事を進められると、組織としてもバラバラになってしまうんだよ。

この時、部下Xは渋々マネージャーAの言葉を受け入れる様子でした。
しかし、この面談の1週間後、部下Xは辞表を出して会社を退職することになりました。

(以上、ケース終わり)


上記のケースをご覧いただいて、どのように感じたでしょうか?

マネージャーAの発言内容は理にかなっており、組織を一体化させていくうえで合理的なふるまいであったようにも見えます。

しかし、この面談を引き金にして、部下Xが退職してしまったことは明らかと言えます。

みなさんは、上記のケースにおいて、マネージャーAの姿勢にどのような課題があったと思われますでしょうか?

ここで読み進めるのを止めて、一度、ご自身で考えてみていただけますと幸いです。


***


部下Xの想いは「組織をよりよくしたいという想いを持って、自分でも必死に勉強をして、いくつもの新しい提案をして、成果にもつなげています」という部分に集約されています。

しかし、マネージャーAはこの点について、部下Xがどのような想いを持って仕事に取り組んでいるのかを詳しく掘り下げようとせず、部下Xの心の内側には耳を傾けようとしません。

その反面、マネージャーAは、部下Xに協調性が欠けていると思っており、部下Xを改善に向けて説得することにとらわれています。

それは、「君の言動によって辛い思いをしているという声があがっている」「君の進め方に周りもついていけない」「周りへの配慮が欠けたまま仕事を進められると、組織としてもバラバラになってしまう」といった表現から垣間見られます。

つまり、マネージャーAは、部下Xの想いに寄り添うよりも、「周囲」という数の力を振りかざして、いかに自分の考えをわからせるかに注力をしているのです。

言い換えれば、マネージャーAは、対話を通じて、自分の主張を批判的に反省しようという姿勢が見られません。

さらに、「私に相談することなしに勝手に進めた」という論理を持ち出している部分からは、マネージャーAが部下Xを自分の管理下に置きたいという意識もうかがえます。

部下Yとのやり取りの中で「マネジメント能力が低い」「部下の成果を横取りする」「仕事内容に見合わないほど報酬が高い」という発言を聞いたマネージャーAは、自分よりも優秀な部下Xが、自分を差し置いて成果を上げることに、恐れを感じているのかもしれません。

マネージャーAは、自分の立場を脅かされないためにも、部下Xの行動を制約することで組織のバランスを保とうとしているのです。

この部分にこそ、マネージャーAの器の限界が投影されています。

もしかしたら、マネージャーAは部下Xの退職の理由を、彼の協調性の欠如や組織への適応不足にあると考えているかもしれません。

部下Xはたしかに、突出した能力を発揮しており、ある意味、組織を乱すようなユニークさがあり、周囲ともうまく馴染めない異分子と言えるかもしれません。

しかし、マネージャーの役割として重要なのは、そうした異分子となりうるメンバーを、いかに広い器で包み込み、その個性を組織の力に活かしていけるかどうかではないでしょうか。


まとめ

私たちは、人間関係構築において、同質性や安定性を求めたがる傾向もあります。

そして、組織の規律や秩序を保つために、管理的なロジックを持ち出して、異質な個性や可能性を制約するためのマネジメントを志向してしまう気持ちもわかります。

しかし、そうした姿勢の良し悪しについては、一度、立ち止まって、人としての器という観点から考えてみる必要があるのではないでしょうか?

組織(あるいは自分自身)の安定を脅かすような、異質な他者と直面したときこそ、「人としての器」の在り方に意識を向けることが重要です。

「感情」「他者への態度」「自我統合」「世界の認知」という四領域の観点から自分の器を省みることできれば、自分の価値基準にとらわれて相手を説得したり、相手の意見に耳を傾けようとしないという過ちを防ぐことができます。

そこで、あなたがマネージャーAになりきったつもりで、以下の問いを考えてみてください。

  • 部下Xと接するとき、あなたはどのような「感情」を抱いていますか? 冷静に動じずにいられるでしょうか?

  • 部下Xと接するとき、あなたはどのような「他者への態度」で接していますか? 真剣に相手の話に耳を傾けようとしているでしょうか?

  • 部下Xと接するとき、あなたはどのような「自我統合」の過程にありますか? 社会性を含んだ自身の信念やありたい姿を意識した状態にいるでしょうか?

  • 部下Xと接するとき、あなたはどのような「世界の認知」を持っていますか? 広い視野から様々な可能性を検討しようとしているでしょうか?

こうした実践を積むことで、少しずつ「異なる視点を与えてくれてありがとう」「私の考えを広げてくれてありがとう」といったように、立場の異なる相手への感謝の気持ちを持てるようになるでしょう。

そして、部下Xを主語にして話を聴いてみることで、もっと深く部下Xのことを知ることができたかもしれません。

部下Xは、これまでどのような想いで仕事をしてきたのでしょうか?

部下Xは、周囲とどんな関係性を築きたかったのでしょうか?

部下Xは、組織に対してどのようなサポートを望んでいたのでしょうか?

部下Xは、人生を通じて、どのような人間になろうと思っていたのでしょうか?

ところが、不本意に退職をしてしまった後では、そうした理解によって深くつながれたであろう未来の可能性も閉ざされてしまいます。

十分なコミュニケーションを取れずにすれ違ったまま、誰かを恨んだり憎んだりしたまま関係が終わるのは、とても悲しいことです。

「人としての器」を学び実践することは、異なる背景を持つ他者にも耳を傾け、理解しようとする姿勢を持つことに他なりません。

それは、もしかしたら交わることもなかったかもしれない未来の可能性を優しく包み込むように、手を伸ばしていく姿勢と言い換えることもできるように思います。


より詳しく「人としての器」を学びたい方は、金曜の夜は”いれものがたり”にご参加ください。

これまでの研究成果のエッセンスを紹介し、対話形式で理解を深める入門版ワークショップです。

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