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ユーレー・ミーツ・ユーレー

突然だけど、「幽霊」という漢字はちょっと幽霊っぽくなさすぎやしないか。角ばっているというか、些か目立ちすぎているというか。
僕の敬愛する詩人は「ユーレー」と表現していて、それを見つけた時、とてもしっくり来たのを覚えている。

ユーレーのかおが、よくみえなくなる。余り沢山、櫻は散るので、ほんとうに存在たのかどうかも もう、今ではよくわからない。

ワタナベカズヱ「カノン」より

形のない、或いは触ろうとすればすり抜けてしまうような曖昧で意味不明な何か。「幽霊」より「ユーレー」の方が本来の幽霊像に近しいと思う。

僕はユーレーに会いたいタイプの子どもだった。当時、スーパーのレジ前に申し訳程度に設置された雑誌売り場が大好きで、親が買い物している間はそこで時間を潰した。中でも一番よく読んでいたのが、心霊漫画雑誌だ。巻頭カラーとして、視聴者から届いた心霊写真コーナーがあり、恐ろしい写真と共に「この土地で命を落とした地縛霊の仕業か・・・」などの煽り文句が添えられている。今でこそ疑う余地しかない代物だけど、当時は釘付けだった。

だから親に今度の土曜は恐山に行こうと言われた時、心がダンスダンスレボリューションした。ユーレーに会えるかもしれない。独自の調査によれば、ユーレーは楽しく盛り上がっている写真ほど写り込む傾向にある。そんな非科学的なもの信じませ~ん的な集合写真の方がナニクソという気持ちで参戦したくなるのだろう。ウキウキで当日を迎えた僕は、「恐山」という仰々しい看板の前で、霊験あらたかな岩に手を添えて、真っ赤な橋を背に、まるで遊園地にいるみたいに笑った。当時、どこに行っても退屈そうだった僕が、その日だけはどの写真も満面の笑みだったので親は訝った。結果、何も不気味なものは撮れなかったし、強いて言えば不気味なのは僕だった。

僕たち小3は校舎の3階が教室で、4階は上級生のものだった。そしてそこには嘘みたいに封鎖されたトイレがあった。机と椅子をジェンガみたく互い違いにして、乱暴に立ち入り禁止の紙が貼ってある。ここで何があったのかは誰も知らないし、先生に聞いても故障中の一点張り。なんだか学校の怪談の香りがして、無性に誇らしかったのを覚えている。うちの学校は普通じゃない、異常だ、呪いがある、とまことしやかに噂が立った。ある日、僕は友達のT君と一緒に4階を訪れることにした。先述の通り、上級生の教室があるためあまり近寄らないのだけど、どうしても確かめたい噂があった。それは3階から4階にかけての階段は行きと帰りで段数が違うというものだ。T君と1段ずつ声に出しながら数えていく。10段目くらいで4階の様子が見えてくる。目線の先に件のトイレがあり、それを左右に遮る形で廊下が伸びている。11,12・・・。数える度にトイレが近づいてくる。なんて薄気味悪い場所だろう。昼間なのにその奥は真っ暗だ。陽の光が届かないのか?と目を凝らした矢先、僕は見た。大量の机の脚の隙間から真っ赤な手が伸びるのを。それはノイズみたいに画質が荒くて、禍々しくも静かに存在する異形の何かだった。

気付けば僕は保健室にいて、傍でT君が不安そうにこちらを見ていた。聞けば、僕は4階の踊り場で突然倒れてしまったらしい。あの赤い手はなんだったのか。ユーレーだとして、僕に何を伝えたかった?ぐるぐると思考を巡らせたが納得のいく答えは見つからなかった。

以上の回想は極めてあやふやな記憶である。当時の僕が創り出した妄想かもしれないし、そうありたくて思い込んだだけかもしれない。ただ一方で、あのトイレの存在だけはいやにリアルに覚えていて、やはり全部が全部嘘ではないと思うのである。この記憶こそユーレーみたいで、そこらのきちんとオチがつく怪談より余程それっぽいなと気に入っている次第だ。

今もユーレーの類は嫌いじゃないが、積極的にいわくつきのスポットを追ったりはしていない。せいぜいホラー映画を観るくらいだ。だからこの記事を書くにあたり、久々にぼんやり色々考えた。そして、一番妄想が捗ったのは、もしかしてユーレー側には視認制限があるのではないかということ。あらゆる理を無視して、現世に存在を知らしめるには、それ相応の体力・気力が必要なのだ。ゲージが溜まったら撃てる必殺技的なやつで、ここぞという時に発動して人間から視認できるようになる。だけどあまりに力を使い過ぎると枯渇して2度目の死(=成仏)を迎える。あの赤い手もきっとそうだ、数多いるクソガキからわざわざ僕を選び、そのおぞましい姿を誇示したのには意味があるはず。そのメッセージの真意は分からずじまいだけど、幾年経った今でもたまに思いだす。

「わあ!びっくりした!急に後ろから話しかけないでよ」

最近めちゃくちゃよく言われる言葉だ。僕は突然背後に現れてもいないし、話しかけるのに急もクソもないので、正直納得がいかない。

これじゃあまるで僕がユーレーみたいじゃないか。ユーレー好きが高じてユーレーに?
アイドル界でいう指原莉乃でお笑い界でいう紅しょうが 稲田ってこと?

いやでもやっぱり死ぬまでユーレーにはなれないな。伝えたいことが多すぎるし、僕のことをもっと誰かに見て欲しい。

そりゃ確かに将来に対してユーレーではある。

「まだ1日なのにクレカの引き落としで、口座が瀕死。次の給料日までの見通しがユーレー過ぎる…。」

「君ポエムばっか書いて、それらしく誤魔化してんじゃないよ。自分の考えに責任を持たないと。地に足をつけなさい」

「地につける足があるのだから」


2024年2月9日深夜 自室にて 眠くてブラックアウト気味、冬。

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