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ふと蘇った記憶〜謎の異国青年編〜


二十数年前。30代になったばかりの頃、東京に住んでインドネシア語関連の仕事をしていた。国際協力事業の海外研修生プログラムのコーディネーターとして、地方に出張に行き、東広島市の国際協力センター内で仕事をしていた時のこと。

担当はインドネシア人の研修事業だったんだけど、施設には同時にいろんな国から研修生が集まっていた。仕事の合間に施設内のレストランで食事をしていると、とある中国人系の研修生の青年が私の方をチラチラ見ている。二十代前半くらいで背が高く目がぱっちりしていて黒目がちで眉が太い。爽やかで親しみやすい雰囲気が漂っていた。しかも、私の中にある幾つかの「好みの男性像のイメージ類型」のひとつに当てはまる。視線を感じるのは気のせいか?単に好みだから自意識過剰になっているだけなのか?と内心ドギマギしていた。

そして、各国の研修生一団が帰国する日がやってきた。インドネシア人の研修生も、その中国系青年も。
施設玄関の外には大型バスがずらりと並び、多くの研修生が慌ただしくチェックアウトして荷物をバスに運び込む。その合間に、その彼が息を弾ませながら私をめがけてすごい勢いで近づいて来るではないか。私の前に佇みこちらをじっと見つめて、身振り手振りで懸命に何かを伝えようとしている。無論日本語を話せるわけでもなく、こちらも中国語を話せないので、まともな言語コミュニケーションはできないままだった。
私はポカンとしながらも、彼の真っ直ぐな視線と並々ならぬ熱量を胸に感じ取った。やがてバスの出発時刻になり、彼はお辞儀をしてそそくさと去っていった。彼ら研修生を乗せた大型バスはエンジンをふかしてセンターを後にし、あっという間に遠ざかっていった。トータルでほんの数十秒の出来事だった。

ついさっきまでいろんな国の言葉や匂いが行き交う喧騒と熱気で賑わっていた国際研修センターのロビー空間が、一気に閑散としてガランとなった。何かを伝えようと私に一心に向き合ってくれていたあの彼はもうこの空間にはいないのだ…。心にポッカリ穴があいた。

一体彼は私に何を伝えようとしていたのだろう?どうしようもないもどかしさと空虚感を埋めるかのように彼が私に伝えたかったことを脳内で推測してみた。そして浮かんだのが「あなたは、僕の故郷にいる実の姉(もしくは死に別れた恋人)に瓜二つだ。特に目元と口元が」というセリフ。笑。私は研修業務の合間に、暇を見つけては彼にまつわるそんなストーリーをひたすら妄想していた。いやちゃんと仕事しろってよ?って話なんだけど…笑。しかしそれほどまでに彼の情熱が私の心に強烈に焼き付いたのだから仕方がない。

あのうら若き中国系の高身長の好青年!君は私に一体何を伝えようとしたの?今思えばなぜ互いに「英語」というものを使わなかったのか?なぜ咄嗟に Can you speak English? の一言が出なかったのだろうか、と口惜しい。一体自分は何のために中学高校大学と何年もかけて英語を学んできたのだ?まさにこういう時に役立てるためじゃないのかと。

一連の場面を思い出すたびに、甘くてほろ苦いやるせなさと切なさが蘇り、胸がキューっとなる。月日が経つごとに記憶が褪せてきそうだったのでここに書き記しておく。

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