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「タイムカプセル」、そして「思い出」

座る場所を、探していたのだと思う。

それは「どうぞ」と、”用意された”席で、誰かに与えられるものだった。
誰かに、与えて欲しかった。
そこに座っていていいよ、と言われたかった。
あなただけの席、わたしだけの席。

わたしは、誰かに必要とされたかった。

わたしは、誰かに裏切られたわけではない。
でも、ずっと同じ席に座り続けることは、できなかった。
環境も変われば、あなたもわたしも変わった。
居心地が良い、と信じたーーー信じたかったその椅子は、気づいたら堅く、凍りついていた。

それならば、

わたしは、旅に出ることにした。
あなたなしのわたしでも、生き抜けるように。
決断の、少数欠に負けないように。
わたしだけが、信じた道を、この手で切り開けるわたしでありますように。

わたしは、座る場所を求めることをやめた。
わたしは、旅人になった。



何年か経って、「この椅子に座って欲しい」と言われた。
「あなたがいいんだ」と言われた。

嬉しい気持ちよりも、「わたしで大丈夫だろうか」と不安ばかりがよぎる。

どこにも座らなければ、もう傷つくことも、傷つけることもないのに。
わたしはひとりで、物事の愉快さや勇敢さばかりを、切り開いてきた。
わたし自身が、きちんとわたしを肯定し続けてきた。

「あなたがいい」と言ってくれたわたしは、誰だろう。
それは、わたしの知っている、わたしだろうか。



旅人になったわたしは、少しだけおとなになった。
「わたしなんか」と言うのを、少しだけやめた。

仕方なく、震える手でタイムカプセルへ手を伸ばす。

わたしのパソコン、iMacはもう10歳で、容量もかなり少ない。
数ヶ月前に限界を迎えたので、外付けのハードディスクを購入した。
同時に、データのバックアップを取った。

「タイムカプセル」はMacの機能で、パソコンがどうしようもない状態に陥ったとき、最終バックアップの時点に復元してくれる、まるで時を戻すようなこの機能は「タイムカプセル」と呼ばれている。
新しいMacを買ったときもタイムカプセルからデータを復元できるので、いままでのデータと環境をそのまま移行することができる。
タイムカプセル、時を戻す、時を留める機能についた名前を、わたしは気に入っている。

外付けハードディスクには「思い出」という領域もある、

もう使わなくなったデータ、
「そのとき一生懸命だったもの」で、いまは手から離れた過去の作品や習作、捨てられなかった思い出を、そこに詰め込んだ。
消せなかった。
でも、いま一度開くことは、きっとない。

それでも、繋がれたままのハードディスクは、アイコンとなってデスクトップに表示されている。
「タイムカプセル」、そして「思い出」



思い出のわたしは、もうここにいない。
そしてわたしは、「思い出のわたし」が「いまのわたしに蓄積されているか」の自信もない。
繋がってはいることを理解しているけれど、あれほど努力していた頃の眩しさを、いまのわたしが携えているとは思えない。
残るのはデータばかりで、薄めた目で遠くに追いやるばかりだった。

思い出なんか、ノックしないでくれよ。

もう、「座ろう」なんて言わないでくれよ。

わたしは、旅人なのに。
愚かな、旅人なのに。

それでも、わたしは孤独じゃなかった。
結局「ひとりで切り開くため」に、たくさんの人からの後押しをいただいてここにいる。
感謝のできない人間になりたくない。

椅子があるときくらいは、座れるわたしになりたい。
そう思うことを、やっぱり今日も諦めきれない。

仕方がないから、へたくそな歌でもうたおう。
都合が悪くなったら、逃げ出そう。
それでいいから、わたしはいま、タイムカプセルの「思い出」に手を伸ばす。
たぶん、あなたが見ていた頃の、信じてくれた頃の、「あなたがいい」と言われた、椅子に座るべきわたしの形を、唇を噛みながら確かめている。



【photo】 amano yasuhiro
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