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わたしがもし、モンスターの街で暮らしたならば

わたしがこの街に住んでいたら…
最近は、そんなことばかり考えている。

去年見たアニメのひとつが、「転生したらスライムだった件」だった。
有名なタイトルだし、誰かがおもしろいって言っていたような気がする。
わたしもぐんぐん引き込まれて、全話見た(続きが気になる

「転生したらスライムだった件」というのは、
その名の通り転生したらスライムになった主人公が、何やら超強くて、そのチカラを以て仲間を増やし、村を、街を、国を作っていくという物語。
もちろんそう上手くはいかず、敵が現れたり事件が起きたり、というのを繰り返してゆく。

最近はスピンオフの「転スラ日記」を見直していた。
のんびり、アニメを見たいなあと思って。
この作品は本編で書かれなかった、何もない日常の物語だ。
敵が現れたり、事件が起きたりしないやつ。
春には種を巻いて、夏には湖に行って、秋には収穫をして、冬にはクリスマスと年越しがあって
そういう、日常の話。

主人公のスライムの元に集うのはモンスターで、いろいろな種族がいる。
ゴブリンとか、鬼とか、耳が生えてるのとか
それぞれ個性を持って、街で暮らしている。
街は発展して、建物があって、食べ物だってちゃんと調理して食べて、洋服を着て、
たぶん、わたしもこの街に住める。充分暮らせる。

そんな街だけど、まだないものがあるらしい。
それが、通貨。

お金がないってことは、物々交換をしているということになる。
屋台のものを食べる代わりに、日頃の労働とか、別の何かを渡す必要がある。
そうしなければ、街は街ではなくなる。搾取されるだけでは維持ができない。

立派な街だけど、会社があるわけじゃない。
出勤すれば、自動的に給料がもらえるような施設はない。

どこかに行かなくては
どこかで、この街の役に立たなくては
この町では、暮らしてゆけない。

他人より優れている特技も個性も、わたしにはない。
でもきっとそれは、この街に住むモンスターも一緒だ。
みんな最初からきちんとした洋服を着て、家に住んで、調理された食事を摂っていたわけじゃない。
学んで、覚えて、
得意な誰かが料理をして、服を作って、家を作って、畑を耕して、街を守って
そうして、街と関わる居場所を作って、生きているんだ。

わたしがこの街に住んでいたら、どんな仕事をしていただろうか?

わたしがこの街に住んでいたら、どんな仕事を”したい”だろうか?

noteのコンテストで、 #この仕事を選んだわけ というタイトルを見て、息が止まった。

いまのわたしは30代も半ば、アルバイト。
この仕事を選んだ理由は、「多少は興味がある業界だから」と、会社の始業時間が10時だったから。
あとは、前職よりすべての条件を妥協した、
失業保険も尽きて、そろそろ働かなければ、と思っていたときに緊急事態宣言となり、わたしは焦っていた。ちょうど1年前の出来事だった。

前の仕事はコロナウイルスの影響でクビになったわけだけど、これは「その前の職場を辞めたくて決めた仕事」だった。
やっぱり10時始業で、狙っていた通勤圏内だった。
あと、社名がちょっとハッピーそうだったのもよかった気がした。

その前の仕事はやっぱり10時出社で、このときは仕事がぜんぜん決まらなくて焦っていて、やっぱり多少興味のある業界だったから。それだけ。
途中で会社が、今までの通気時間+30分のところに移動したうえの条件があまり良いものとは思えなくて、手放した。

その前は長いことライブハウスで働いていた。
憧れの場所に、なだれ込むように雇ってもらうことに成功した。
ライブハウスでの出来事なら、 「この仕事を選んだわけ」というタイトルでエッセイのひとつくらいは書けるような気がする。
でも、辞めたんだ。
決定打に近い出来事は仕事中の怪我だったけど、それがなかったら続けていたかとか、いまもライブハウス勤めに戻りたいかと問われたら「たぶん違う」と答える。

つまるところわたしには、 「この仕事を選んだわけ」なんて存在しない。

働くことの基本的な意味って、「自分の存在を以て世界と関わり・役立ったことで、対価(金銭や衣食住に相当するもの)を手に入れる」だと思う。きっとそうだと思う。

わたしはまだ、見つからない。
わたしはどうやって、世界を関わればいいんだろう。
わたしの何が、世界に役立てるんだろう。

会社で、言われたことを実行することはできる。
また、目標に対して最善の道を編んだり、業務を効率化することもできる。
そう、用意されたゴールがあれば、そこに走ることはきっとできるんだ。
それも、幸か不幸かそれが結構得意で、どの仕事もそれなりに愚痴はあったけど、それなりにやりがいがあった。

でもわたしは疑問に思っている。
「誰かの用意されたゴールに向かっていていいのか」
わたしはそのゴールを、自分のものとして強烈に欲することはできなかった。

この輪から抜け出すためには、自分でゴールを設定しなくてはいけない。
それがきっと、 「この仕事を選んだわけ」になるのではないだろうか。
世界との関わり方。
夢とか希望とか、生涯をかけて成し得たいもの。

わたしの書いたものや、作ったものを誰かがよろこんでくれたら嬉しい。
でも、それだけだと金銭や衣食住に相当するものは手に入らない。
じゃあ、金銭は会社からもらえばいいのかな。誰かのゴールに向かうことを、この先何十年と、わたしは許してゆけるのだろうか。許せるような仕事が、もしあれば…

わたしはまだ、探している。

そして、言い訳だと、まぬけだと、履き違えた勇気だと、なんと言われても構わない。
「30も半ばになって」と、誰かはあざ笑うかもしれない。
それでも、

いいじゃないか。
まだ、「この仕事を選んだわけ」なんて、格好良い理由が見つからなくても、

みんなが当然やりたいことを見つけて、社会と関わっているような、そんな錯覚に陥る。
やりたいこととか、大事なものとか、結果的な優先順位とか、いろいろ。

でもきっと、探しているものは人それぞれで
結果的に、早く見つかる人と、遅く見つかる人と、最後まで見つからない人がいるだけなんだと思う。

最後をどこに設定するのかも人それぞれで、
だから「最後まで見つからないかどうかも」わからない。
途中で探すのを辞めたり、別の答えを見つける人もいると思う。
それだって構わない。

わたしはまだ、探している。
世界との関わり方、ごはんの食べ方、暮らしに於いて大切なもの。

わたしは何度も、あの街を思い出す。
モンスターの暮らすあの街で
誰かに与えられた仕事じゃなくて、あの街のみんなに役に立てるために、
わたしは一体、何を選ぶのだろうか。








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