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初心のチーズバーガー

「ねえ、帰りにマック寄らない?」

買い物を終えて、夕方になる手前。
駅のホームで、買い物に付き合ってくれた弟(のような人)に提案をした。

このあとは、家で一緒にゲームをやる約束だ。
ばんごはんにはまだ早いし、おやつとして、なかなか良い提案だと思った。

「いいですね」

安定した返事が帰ってきて、スマートフォンを一生懸命に覗き込んでいた。
マックのクーポンを調べてくれているらしい。
でも、わたしは買うものを決めていた。




「チーズバーガーを買ってきて」

欲しいものあったら買っていくよ、というと
定期的に、この返事が帰ってきた。
友達の家に行くときだ。

あのとき、彼女の家の最寄りは、2駅あって
わたしが利用しているほうの駅にだけ、マックがあった。

買うのはいつも、チーズバーガーだった。
あのときわたしたちは、チーズバーガー以外をあんまり食べたことがなかったように思う。
チーズバーガーがいちばん美味しいと、信じてた。
20代前半のわたしたちは今より、うんと不安定だった。
金銭的にも、精神的にも。
他の何かを選んだり、買ったりする勇気は、持ち合わせていなかった。

「やっぱり、チーズバーガーは美味しいね」

夏も冬も、わたしたちは同じことを言っていた。
たまに食べると美味しいよね、なんて言って。



いまでも、同じ友人とマックを食べることがあるけれど、最近は食べていなかった。
ウーバーイーツの利用頻度も上がって、わたしがマックを買っていくこともなくなった。

いまでも、時々食べる。
たまに食べると美味しいね、とやっぱり言う。
最近は、ナゲットとか新作を頼んだり、そういうことができるようになってきた。



「それでも、初心はやっぱり、チーズバーガーなの」

電車で、隣の席の弟に、話しかける。
「やっぱり思い出すんだよね、あのときの」
不安定で、未熟で、必死で、がむしゃらで、
たくさんのものに傷ついて、ケンカもした。
野心的で無敵だったのに、いつでもなんだかズタボロだった。
あのときの気持ち。

話はそれで終わって、わたしたちはまた、近況とかゲームの話に戻ってゆく。
弟はもう、この話を覚えていないかもしれない。

それでも、
久し振りに薄いハンバーガーにかぶりついて、懐かしくて、ぶわりとあふれる記憶。
あのときとはもう、別の色をまとっているかもしれないけれど、ずっと消えない。


わたしは人生で何度も、思い出すように
これからも、初心のチーズバーガーを、食べるのだと思う。




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