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傘に祈り

最近、雨の日がちょっとたのしい。

お気に入りの傘を、使っている。
その傘は、同居人の友達の忘れ物で、ずうっと家にある。
申し訳ないくらい、ずっと家にある。
もちろん、忘れた本人が悪いのでこちらが気にすることではないのだけれど、「はやく返さなくちゃいけないなあ」と思いながらも、1年以上は経ったと思う。

きれいな傘だったら。
オーロラのビニール傘。
それはわたしが、いつか欲しい、と思っていた傘だった。

何度も、何度も
「ちょっと借りちゃおうかな」と思った。

傘を借りたくらいで怒るような相手でもないし
いやでも壊しちゃったらどうしよう、とか。いろいろ言い訳をしていた。
壊したら新しいのを買えばいいのにね。
とにかく、ずっと見つめているだけの傘だった。

1年以上が経ってしまったので、我々の人間関係にも変化というか進化があって
なんとなく「同居人の友達」というような立ち位置だったそのひとと、わたしも何度か言葉を交わす機会があった。

誕生日プレゼントには、Amazonの欲しいものリストから折りたたみ傘を送りつけた。
そう、これで、これでもういいよね?

「あの傘、借りてもいい?」

返事はやっぱり、「もちろんです」だった。
そしてひとつ、教えてもらった。

「雨の日に使うと、キラキラしてきれいですよ」

最近、雨の日が楽しい。
お気に入りの傘を開いて、キラキラしている。
「借りている」というのが、なんだかいい。特別な感じがする。
いつか返すだろうし、返したら同じものをきっと買うだろうけれど、それまでは借りていようと思う。

それは、やさしい魔法みたいだった。
スタバのギフトを開くとき、あなたのことを思い出すみたいな。
そういうやさしいものが、雨から、憂鬱から、風からも風邪からも、わたしを守ってくれているような気がする。

「キラキラしている」というのも、とてもいい。
わたしはそんなこと考えずに、かわいい傘だなあ、憧れだなあ、なんて思っていたのに
雨に当たると、キラキラする。
それをいつも、確かめる。

最近、雨の日が楽しい。
天気予報に雨マークを見つけると、やっぱり一瞬「むむっ」となってしまうけれど、あの傘があるしなァ。と思ったりする。

そしてわたしはまた、新しい傘を探している。
お気に入りの日傘に、穴が空いているのを見つけてしまった。
ああ、またすてきな傘が見つかりますように。
これからの季節、日傘にはほとんど毎日お世話になる。
いちばんのお気に入りで歩こうと思うと、なかなか決まらない。

「君は傘が好きだね」と言われたことがある。

そんなつもりはなかったけれど、かつて複数の友達から「君から傘をもらった」と言われたりしていた。そういえば、そうだったのかもしれない。

だって東京は、傘がなくては暮らせないから。
実家にいたころは、玄関と駐車場を往復するだけでなんとかなったのに。
東京ではたくさん歩かなければいけないし、電車から降りると天気が変わることに、最初はずいぶんと驚いた。
「家を出るときは平気だったのに」って、よく町田駅で雨に打たれていた。

雨に打たれると、スッキリすることもあるけれど情けない気持ちになるときは、ずいぶんと惨めだ。
東京の孤独を丸呑みしたような絶望。
あれがすごく嫌で、最近は折りたたみ傘を持ち歩いていたけれど。
長傘、というもののすばらしさに気づいてしまった。
相変わらず持ち歩くのは少し面倒だけれど、大きな傘は、強い雨からわたしを守ってくれる。

雨の日の、オーロラの傘。
キラキラと美しく、勇敢な朝。

傘が、守りますように。
あなたのことも、わたしのことも。
雨から、憂鬱から、風からも風邪からも。



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