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美容師さんは、魔法使いだと思う。

美容院が嫌いだった。

そんなわたしがここ数年、「2ヶ月に1度は美容院に行く暮らしをしている」と聞いたら、20代中頃のわたしは目を丸くすると思う。

わたしは髪の量がとにかく多くて、美容院での要望は「量を減らしてもらいたい」が第一になる。
でも、ものすごい癖っ毛で、量を減らしすぎると跳ねてしまう。
そもそも、街の美容院にふらっと行くと半分くらいの確率で断られて気持ちが折れてしまっていたし(先に電話しないのが悪い)、要望を優先した結果似合わない髪型になってしまったり、美容院に行って2週間も経てば髪が跳ねてしまったり、
若かりしわたしは、美容院でいろいろ話しかけられるのも苦手だった。
もう、全部が嫌だった。
だったら、このままでいい。伸びてしまった髪の重さで、跳ねなくなるまで放置したままでいいじゃないか。
そう思いながら、美容院への足は遠のいていた。

そのときも、重たい気持ちで美容院に行った。
これは、その2週間後の物語だ。

その日わたしは、なぜだか仕事を早めに切り上げて、昼間から歩いていた。
場所は、表参道。
ちょっとわたしには不釣り合いな、分不相応な匂いのする街を歩いていた。

「ちょっといいですか?」「カットしませんか?」と声をかけてきたのは、ひとりの美容師だった。
「僕は普段5000円でしかカット受けないんですけど、今なら2500円でやりますよ」
まるでバーゲンセールみたいなセリフが、わたしを誘う。

今までこうやって声をかけてもらったことはあったけど、カットしてもらったことはない。
髪を切ったのは2週間前だけど、やっぱり今の髪型は気に入っていなかった。

「これ、僕の名刺です」と渡された名刺に書かれていたのは、見知った名前がふたつ。

店名は、友達が書いた曲の名前を同じ。
彼の名前は、赤い帽子の世界一有名な配管工と同じだった。
同じ名前、というのは親近感が爆上がりする。

時間もあるし、バーゲンセールだし、「美容師さんのキャッチに捕まる」経験はしたことがない。
いいか、経験してみてもいいか。
大好きな配管工と同じ名前だし。
コトリ、と気持ちの傾く音がして、わたしは彼に着いていくことにした。

表参道のメインの通りから外れて、ぐいぐいと裏道に入ってゆく。
このへんの裏通りは、すごく道が入り組んでいる。
どこまで連れて行かれるんだ、と思ったけれど、案外すぐにお店にたどり着いた。
隠れ家のような店構え、そして店の中は黒くて暗く、なんだか宇宙船みたいだった。

わたしはいつも通りの要望と、「2週間前にもカットしたばかりなんだけど」と伝えた。
全然大丈夫、と配管工は笑い、わたしは椅子に腰かけた。
「ちょうど暇になっちゃったんでね、お客さんが捕まってよかった」みたいなことを言いながら、配管工はザクザクとわたしの髪を切っていった。

ザクザクと?
わたしは、驚いた。

わたしの髪は、ザクザクと切り落としてしまうと、そのあと跳ねてしまう。
こんなにたくさん切ってしまってもいいのか。
2週間前に美容院行ったばっかりなんだけど…

わたしは驚く気持ちで、配管工の手元を見つめていた。
なぜだか不思議と、不安はなかった。
ただ、驚きながら、わたしは嬉しかった。

(ああきっといま、わたしの要らない部分を切り落としてくれてるんだ……)

すなおに、そんなふうに思えた。
当時わたしは、バンドのいろいろで悩んでいた時期だったと思う。
自分の音、プライド、そして「誰かのために」弾くこと。
わたしはすべてのバランスを欠き、自信を失い、呼吸を浅くしていた。

わたしの髪に、こんなに要らない部分があったんだ。
そうだ、全部切り落としちゃえ。
プライドも、感傷も、全部、削ぎ落として欲しい…
わたしは、祈った。
そんな魔法がいま、この場で起きているんだ、と願った。

「できましたよ、どうですか?」と言われたとき、わたしの頭は半分くらいの重さになっていた。
「ありがとうございます」と告げて、わたしは軽くなった頭で、笑ってお店をあとにした。

「よかったらまた」と言われたけど、表参道で、正規の金額で髪を切るのは当時のわたしには難しかった。
あれから、配管工には会っていない。

配管工に髪を切ってもらってからは、しばらく手入れが楽だった。
お金に余裕さえあれば、配管工にまた切ってもらいたい、と何度も願っていた。

そのあとしばらくして、わたしは運命の美容師に出会う。

加藤さんは、わたしの初めての「担当の美容師さん」になってくれた。
加藤さんに切ってもらうと、可愛くなれる気がするし、その後の手入れもらくちんで、「次も絶対にこの人がいい!」と思わせてくれた。
音楽が好きで、話し上手で聞き上手で、わたしは加藤さんと一緒にいる時間が大好きだった。
自分を知ってくれている人に、安心して任せられる。そう思えたら、美容院ってこんなに楽しんだ。ということを教えてもらった。
加藤さんが東京を離れるまでの数年間お世話になって、いなくなるときは本当に悲しかった。どうしようかと思った。また、切ない美容院ジプシーへの逆戻りだ。

少しおとなになったわたしは「ホットペッパービューティー」の存在を覚えて、適当な美容院を予約できるようになった。
これで、行った瞬間に断られることはない。

いまお世話になっているSさんのことも、すごく好きだ。
ホットペッパーで適当に見繕った美容院だったけど、すごく居心地が良かった。もう、3年ほど通っている。
Sさんの腕は確かだった。
でもわたしは一度疑って「他の美容院に行ってみよう」と試してみたところ、さっそくSさんが恋しくなった。
Sさんも、わたしの髪のことを理解してくれて、なんでもおしゃべりできて、一緒にいる時間が楽しい、と思える。
Sさんに相談して、任せておけば大丈夫。

いま、わたしは美容院が好きだ。

それは、2ヶ月に一度
Sさんとおしゃべりをして、魔法をかけてもらう時間。

要らないものを削ぎ落として、これからの暮らしが、明るくなるように。

わたしは今日も、美容師さんのことは魔法使いだと思っている。



【photo】 amano yasuhiro
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