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特別じゃない、ちょうどいい幸福

「マック、好きなんだよね」と言われてびっくりした。

マッキントッシュじゃなくて、マクドナルドのほう。
知り合って10年近く、一緒に暮らして数年が経つのに、マックが好きだとは知らなかった。
だいたい君はいつも、晩ごはんを作って、わたしやら友達に与えて、それで満足して、「この人が食べているところをあんまり見たことがない」と、みんなに言われていた。
だから、マックが好きなことも、知らなかった。

それからわたしは時折、帰り道に君に連絡する。
君が、家にいることを知っているときに。

「マック食べる?」

予定を片付けて帰宅するわたしは、空腹だ。
わたしは家を出る時間問わず、出掛ける前に食事を取らない。
ごはんを食べると眠くなってしまうし、出掛けたくなくなってしまう。
ごはんを食べてから出掛けるということは、わたしにとって相当な勇気だ。

予定を片付けた頃には、もうごはんのことしか考えられない。
同居人が何かを作ってくれるのを待つのも、嫌になってしまうくらい。

「わたし、グラコロ食べるんだけど」と、告げる。

いいね、といういつもの顔文字(本人と、ウーパールーパーに似ている)が送られてきて、新作のビーフシチューのグラコロを、ふたつ買って帰ることにした。

おつかいを頼まれると、少し嬉しい。
頼られているとか、役に立つことが嬉しいのか
幼少期、住んでいる場所が田舎すぎて、子供が徒歩でおつかいに行けるお店がなかった、という「おつかいへの憧れ」の記憶がうずいているのか、わからない。
わからないけど、30歳を越えたいまでも、おつかいは嬉しい。
しっかりまっとうしようと背筋が伸びるし、いまでもちょっとどきどきする。

前回マックでおつかいをしたときに、マックアプリのクーポンを上手に使えなかったので、今日は事前に会員登録をすませて、「クーポンを使う」ボタンを押す。
なるほど、このまま注文できるのか…
めっちゃ便利!!!
食べたかったグラコロも、ちょっと安くなるみたい。

あとは、ポテトのLサイズ。
ナゲットも、期間限定で安くなってる…
これも買っちゃえ、とカートに押し込んで、わたしは電車の中でクレジットカード決済をすませた。

「お店についたらこのボタンを押してください」という表記が出たので、わたしはその画面を見つめていた。
こう見えて小心者なので、「試しに押してみよう」とはならない。
わたしはそわそわと、画面表記を誤って削除しないように、画面の消灯と点灯を繰り返していた。

お店に着いて、そわそわとボタンを押す。
「いまから作りますね!」という表記と、引取番号が出て、安堵する。
あとはいつもと同じ、待っていればいいだけ。



「ウーバーまつながよ〜〜〜」と、わたしは浮かれて玄関を開けた。
YouTubeを見ていた同居人は、「ウーバーではない」と真顔で返事をしてくれる。
このひとは、冗談でもあんまり嘘をつかない。
確かにわたしは、ウーバーではない。まつながではあるけれど。

きちんと手を洗ってうがいをして、早く食べたいと紙袋を開ける。
紙袋の中でポテトが溢れていたので、「あとは頼む」と告げ、わたしはハンバーガーだけ抱えて、テレビの前に座った。

ハンバーガー、ポテト、ナゲット15ピース

我が家でこの並びが訪れたら、ドラゴンボールを見るしかない。
ふたりで、ドラゴンボール超とGTを見たあと、いまは改というシリーズを見ている。
これは、ドラゴンボールZのリメイク版らしい。
いまは、魔人ブウが出てきて、けっこう大変になっているシーンだ。

ドラゴンボールが再生された頃、ポテトとナゲットが届く。
マヨネーズとケチャップも一緒に、テーブルに並べられた。
わたしたちは、「いただきます」のあいさつもそこそこに、ポテトに手を伸ばす。
ナゲットのソースの味(みっつも選べた!)を、ひとつずつ確認する。

「おいしいね」
「良い気分だね」
お互い勝手につぶやきながら、ドラゴンボールに集中してゆく。



君と過ごす、こういう時間が好きだと思う。

ひとりになりたいとか、ひとり暮らししたいとか、
身勝手なわたしの心の一部は、ずっと叫んでいるけれど
こういう時間は、とてもすてきだと思う。

ひとりでは行かないマックに行って、
「ふたりだから」と強気に、ポテトもLサイズ、ナゲットも買っちゃって。
いつもは、バランスよく、野菜もたんぱく質もたくさん摂取するようにごはんを作ってもらっているわたしだけど
たまには、炭水化物ばっかりで、「お野菜はどこですか?」というごはんを食べる。
もりもり食べる。

わたしは、マックアプリで上手に事前注文できたことを、自慢げに話す。
「えらかったね」と褒められて満足する。
ドラゴンボールを見ながら、「御飯は死んでないよね?」と不安げに言うと、「それ、言っちゃっていいの?」と聞かれるので、「いや言わないで」と真顔で慌ててしまう。



わたしたちは、特別なこと、があんまり得意ではないかもしれない。
ふたりでどこかに出掛けたりしないし、わたしは家のごはんが一番美味しいと信じているし、
信じられないほど、ふたりとも家が好きだった。
別に、一緒にいる時間が好き、というわけではなくて、お互いひとり遊びが好きなだけ。

でもたまに、
こういう、ふつうの中の特別、みたいな時間が訪れて、わたしは心から満足する。

これがきっと、わたしたちにとって、ちょうどいい幸福だと思う。





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