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美容院と、シャンプーの音

美容院が嫌いだった。

二十代の中頃に「この人に切ってもらうと、なんか可愛くなれる気がするし、その後の手入れもとってもらくちん」という美容師さんに出会えてから、わたしの考えは変わった。
その人が東京を離れるまで、何年か面倒を見てもらった。
彼女と話すのも、好きだった。
東京に来るときに、何度かおしゃべりもした。
わたしは、彼女を大好きになって、美容院を大好きになった。

いまの美容師さんは、わたしにとって「2代目の担当さん」になる。
仕事が変わって、無職になって、その美容院がちょっと遠くなっても、わたしは彼のところに通う。
やっぱり、可愛くしてもらえるような気がするし、わたしの髪質を理解してくれているし
なにより、話していて安心する人だった。
わたしとは、ぜんぜんタイプの違う人なのに、なんだか人懐っこかった。

髪を切る前にシャンプーをしましょう、と彼が言うので、最近はシャンプーもしてもらっている。

昔は、美容院でシャンプーをする気持ちが全然わからなかった。
自分でやればいいじゃん、と思っていた。
「美容院のシャンプーは最高だ」と母親が言う気持ちが、理解できなかった。

いまの美容院は、シャンプーのお部屋が仕切られていて、暗い。
ぼうっとしてしまうような、わたしにとっては安心する空間だ。
季節によってシャンプーが違ったりして、ちょっと良い気分になれる。
今日は、「ホットストーンの季節ですよ」と言われた。
寒い季節になると、ホットストーンを渡してくれて、シャンプーをしているあいだ、あたたかな石を抱きしめている。

あたたかい、
ホットストーンと膝掛けに、わたしは包まれる。
お湯は適切な温度で、わたしの髪をたっぷりと満たしてくれる。
暗い空間で、わたしは目を閉じる。

「痛かったり、物足りなかったら言ってください」と、シャンプーをしてくれるお姉さんがやさしく声をかけてくれる。
物足りない、という言葉の選び方も、とってもすてきな気遣いなような気がした。
そしていつも、痛くもないし物足りなくもなかった。
うっとりとぼけっと、半分眠るようにわたしは過ごす。

暗いところで、目を閉じるのが好きなのかもしれない。

眠るのが好きなのだから、当然なのかもしれないけれど
視界を遮断して、遠くの人の話す声、なにかが動く音、耳元で流れる水の気配。
わたしはそういうのをぜんぶ、たっぷりと楽しむ。
なんだかいい匂いがするのも、わたしを良い気分にさせる。

音とか、匂いとかが好きなのかもしれない
いや、純粋にこのシャンプーが気持ちいいだけかもしれない…

わたしは、うっとりとした気持ちで、シャンプー台に倒れている。

もうこの気持ちいいまま帰りたい、とシャンプーが終わると思うのだけれど
髪を切ってもらって、すっきりして、わたしはもっと良い気分になる。
染めたり、パーマしたりしないので、1時間ちょっとで、わたしはしあわせをたっぷりと吸収する。
美容師さんは、魔法使いみたいだ。

最近、美容院が好きだと思う。
すてきな美容師さんと出会って、好きにさせてもらった、と思っている。

シャンプーをしてもらうのも好きだな、と思ってる。
やっぱり、お母さんの言う通りだったな、わたしも同じものを好きになったな、と思うと
少し安心するし、なんだかなあ、やっぱりなあ、と苦笑してしまう。

それでも、
美容院を好きになれて、わたしはしあわせだなあ、と思う。




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