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固形チーズの思い出

うとうとしていたら、眠っていたらしい。

そろそろnoteの更新準備を始めたい時間だと気づき、毛布を跳ね除ける。
起きたらまず、口をゆすぐ。
それから、飲み物を準備して、煙草に火をつける。
わたしは、ぼやりとしている。

同居人が、いくつかのことをわたしに話しかけるけど、消え入りそうな声で「うん」とか、「そう」とか「ありがとう」と言うのが精一杯だった。
まだ、脳が覚醒していない。

「冷蔵庫にチーズが積んであるけど、気にしないでね」

チーズ??
わたしの脳は、急に速度を上げて回転し始める。
そうか、チーズ。チーズね。

わたしが、最後まで好きになれなかった食べ物のひとつだ。



子供の頃、チーズが嫌いだった。

ピザのチーズも、実はあんまり得意ではなかった。と記憶している。
ただ、「ピザというハッピーな食べ物を嫌い」というのが、子供心に憚られたのか、「サラミとトマトはこんなに美味しいんだから、チーズが美味しくないのは気のせいかもしれない」と思い込んでいたのか、わからない。
誰にも言わなかったかもしれないけど、確かに嫌いだった。

おとなになって、ピザのチーズは克服した。
おとなのわたしは、「いつでもピザが食べたい」くらいに、純然たるピザ好きに成長した。
グラタンも、ドリアも好き。
焼いてあるチーズは、だいたい美味しいと思う。

チーズケーキとチーズタルトも、全部好き。(シナモンが入っていなければ)

固形のチーズは、苦手なままになってしまった。
フィルムに包まれているような、四角いやつ。とか、それに類するもの。



数年前、「朝ごはんはしっかり食べたほうがいいよ」と強く言われ、その言葉に流されてみようとする自分がいた。

いまも昔も、うんと昔まで遡っても、わたしは「ごはんを食べるくらいなら寝たい」と思っていた。
高校生の頃は「眠いから昼休みは寝る。お弁当はあとで食べる」と言って、寝ていた気がする。
早弁ならぬ、遅弁。
とにかく、食事<睡眠のバランスが変わらない。朝は、特に。

「朝ごはんは食べたほうがいい」論争は、定期的に勃発し、「朝ごはんを食べない派」にはあまり勝機がないような気がしている。
基本的に「早起きできない自分が悪く、早起きしてごはんを食べている人はほんとうに立派だ」という後ろめたさがあるからだと思う。

朝ごはん食べない歴十余年、この論争には慣れたもので、いつも聞き流していたけれど、そのときはたまたま「じゃーやってみようかなあ」と思えた。

自分が怠惰であることは理解しているので、早起きしてたくさん準備するのは無理。
最初は「ヨーグルトとシリアル」に挑戦してみたけど、「朝、椅子に座って何かを食べる時間、または気持ちの余裕がない」ため、断念した。

そこで思いついたのがチーズだった。

これを機に「朝ごはんを食べてみると身体にどんな影響があるか」という実験に合わせて、「嫌いなものを毎日食べたらどうなるか」という実験もしてみよう。

いま考えると、信じられないほどの前向きさで、わたしは実験に取り組むことにした。


結果、朝ごはんを食べたら快適になったわけでもなく、チーズは嫌いなままだった。



わたしの理解できる範疇では、ささやかな体調の変化には気づけず、原始人並みに「欲望への忠実さ」が発揮されているということだけだった。
お腹は空くときは空く。
眠いときは眠い。
朝ごはんを食べても食べなくても、
睡眠時間をたくさん取っても取らなくても、
わたしの身体は気まぐれに、空腹を感じたり眠気を感じたりするままだった。
仕事への集中度が上がったか? それもわからない。

チーズは、本当にダメだった。

大きな袋に、キャンディーみたいに包まれたチーズが十数個入っているものを、2,3袋くらいは試したと思う。
朝、口の中かポケットに放り込んで家を出る。

「すぐには噛みたくない」と思ってしまうのが、嫌いの勲章みたいに輝いている。
噛んだときの、あの味がヤダ。
毎日、噛めば噛むほどそう思った。
全然慣れない。

最終的に、家を出てから会社の最寄り駅まで(電車に乗ってる時間は20分くらい)、口の中にチーズが残留していたことがあった。(汚い話でごめんなさい… ガムみたいなノリだと思ってました。自分では)

だいぶ小さくなったチーズを「もうすぐ会社に着くから」と思って噛み砕いたら、やっぱり好きな味じゃなかった。

わたしは、朝ごはんもチーズも、どちらも辞めることにした。



わたしは今日も、それなりに楽しく暮らしている。
朝ごはんを食べなくても、固形チーズを食べれなくても。

みんなが平気でも、自分は苦手だったり嫌いなものが、あったっていいじゃないか。

何によろこんだり傷ついたりも、人それぞれ違うんだから
いたしかたないではないか。
いいではないか。
それでも、毎日は結構楽しいし。

と思いながらわたしは、冷蔵庫に大量に設置された固形チーズを「邪魔だなあ」と思って、見つめている。




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