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いつかわたしは、夜へと帰る。

夜もいい、と思う。
やっぱり夜がいい、と思う。

最近、朝にエッセイを書いたり、日課をこなしたりする日々を過ごしていた。
日課を朝にすれば、夜には何も考えなくていいし、そのまま眠れるのがいい。
朝、仕事に行く前の限られた時間、“妙に”研ぎ澄まされた空気。
それは、朝だけの特別な時間だった。
朝にしか動かない器官がわたしの中には備わっているようで、「朝はいいな」と思っていた。

同時に、夜が恋しくなった。
朝がいい、ということは「夜はよくない」ということではない。
朝もよく、夜もいい。
そしてわたしは、太陽の日差しが降り注ぐ午後も、憂鬱そうな曇り空も愛している。
それぞれが美しいと思えてしまう、単純でまぬけなわたしの世界を気に入っている。

夜の美しさは、「時間の制限のなさ」と同時に、「眠る前に片付けたい」という気持ちが訪れることだと思う。
今日が終わる暗闇は、わたしを静かに抱きしめる。

夜は、「眠いから早めに頑張っちゃおう」と思うことこそあるけれど、「寝なければいけないから早くしなくちゃ」と思うことはない。
睡眠時間は長くても短くても朝は眠い、というのがわたしという生き物なので、睡眠時間はあんまり問わない。
だから夜は、ぼおっと考える。
でもそれは、予定のない日の昼間の身軽さとは、少し異なる。
わたしは夜、落下するように言葉を紡ぐ。

わたしが“書きたかった”気持ちは、夜に在ると思う。
夜のわたしの言葉が好きだ、と思う。

朝のわたしは、いつも知らないわたしだった。
朝のわたしは「おもしろい」と思う。

いつかわたしが「帰りたい」と願うことがあるのならば、それはやっぱり夜の風景だと思う。
きっと、そうだと思う。

朝や昼に、新しい自分に出会うことを楽しみながら、わたしはきっと夜に帰る。
そして、落下するようにじんわりと言葉を紡ぐ。

朝のことも、好きになれたよ。
でもね、夜のわたしも愛している。


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