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小さな旅人

今日は、ここまででいい。
そう思っていたのに、「もう少し行ってみようかな」と蹴り出してしまう。

「もう少し」、わたしの人生はそんなふうにできている気がしている。

最近、帰宅時の散歩コースを開拓している。
いままでは、手前の駅で降りて歩いて帰る、というのが定番だったのだけれど、「こんなに迂回せずに、最寄り駅で降りてから散歩する方法はないか」と考えた。
思いついた、というほうが正しい。
そうだ、最寄り駅! この手もあったんだ!
わたしは浮かれながらGoogleマップを開き、コースを見定める。
Googleマップは最短距離を案内してくるけれど、駅から家までのそれじゃあ意味がない。
地図を見つめて、歩いて30〜40分くらいになるような道を探してゆく。

それは、家の近所だというのに、ほとんど歩いたことのない道だった。
はじめて、と言っても過言ではない。
実際に、はじめての道も通った。
家を通り過ぎた先っていうのは、案外知らなかったりする。

いつもの道を通り抜けて、
不安な気持ちを掻き消すように、Googleマップを見つめて
小さな声で歌って、わたしは歩き続けた。

住宅街に入ると、道がまっすぐじゃなくてちょっと難しい。
適当に歩いても、大通りに戻ってこられないような気がしてしまう。
いつもよりわたしは、少しだけ慎重だった。

大通りに出て、辺りを見て、いつもの看板を見たときの安心感を、わたしは忘れない。

今日は、3度目の挑戦だった。

2度目はまた違うルートをそわそわと歩いたのだけれど、住宅街を長めに歩いてけっこう楽しかった。
知らない道で、不安もあったけれど。
「ひとつずつの家の明かりが違っていて、たのしい」
「わたしは、どんな家に住みたいかな」
「わたしが家だったら、どんなふうに見えるのかな」
なんて、考える余裕が生まれた。
この道は、まっすぐ歩けばいいのがよかった。

3度目は、適当に歩くことにした。

あんまり遠くならないところまで進んで、気が向いたら折り返すために曲がろう、と思っていた。
いや、そもそもいちばん手前で曲がるはずだったのに、「もうちょっと行ってみよ」なんて思ってしまった。
その感情にはいつも理由がないけれど、悪くない気がしている。

Googleマップは開かなかった。
なんとなく位置関係がわかったし、大丈夫でしょう。
なんと勇敢なんだろう。
ひとはそれを、まぬけと言うのかもしれないけれど。

これは1度目と同じルートをたどっている気がする、と途中で気づいた。
「このあいだ歩いたことのある風景な気がする」と感じたときには、「いや待てよ」と思いとどまった。
わたしはすぐそう思ってしまう。もはや癖かもしれない。
ぜんぜん知らない場所でも、「ここを知っている気がする」と勝手に思ってしまう。
だから、用心深く進んでゆく。

この家を見た気がする。
この角を曲がれば、コンビニがあった気がする。そして大通りがあるはずだ。

と思ったときには、大通りを走る車の音が聞こえて、コンビニの明かりが見えて、「やっぱりね」と安堵した。

たった3度の出来事だった。

たった3度なのに、わたしはもう、地図を見ないで勇敢に歩いている。
不安を紛らわすためのうたじゃなくて、陽気な鼻歌なんか歌ってしまう。

こんな小さなことで、小さな勇気で、ささやかすぎる行動で
わたしの毎日は変わってゆく。
それこそ、ほんとうにささやかな変化だけれど

その変化をわたしは、「愉快過ぎる」と思ってしまう。
まだこんな小さなことで笑って、うたって、勇敢な旅人の気分になれてしまうまぬけなわたしの生き方を
明日も明後日も、きっと嫌いになれない。

そしてこの道にすっかり慣れた頃、
きっと別の散歩コースを探してしまうのだろう。

わたしはこれからもずっと、
勇敢で飽きっぽい、小さな旅人として生きてゆくのだ。




※そうして、最後は「知っている道」に帰ってくる。




【photo】 amano yasuhiro
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