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クッキーはいかが?

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1200文字以下のエッセイ集。クッキーをつまむような気軽さで、かじっているうちに終わってしまう、短めの物語たち
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2023年1月の記事一覧

あたたかさを確かめて

「来年になったら、あったかい敷きパッドを買い直すの」 そう言って、眠ったところだった。 わたしのあったか敷きパッドは、敷布団に対して少し小さくて、左右が余っている。 たまたま見つけて勢いで買ったもので(買って本当によかった。幸福度が増した)、グレイで(わたしはグレイの毛並みを愛している。昔飼っていたハスキーに似ているから)、小さいと言っても、わたしの身体に対しては充分な大きさだった。 大きさは足りているのだけれど、寝相には対応しておらず、パッドは右に寄ったり左に行ってしま

まつながちゃんの癖

「まつながちゃんって、癖あるよね?」 あのころは、「まつながちゃん」と呼ばれていた。 たくさん、導いていただいた。 わたしはずっと生意気で 伸ばされた手に、うんと甘えていたし、自然体であろうとした。 そしてそれは、背伸びをすることでもあったような気がするし、いまとあまり変わらない気がする。 あのころのわたしを思い出すと、いまでも勇敢な気持ちになる。 いまのわたしが弱くなったわけでもないし、あのころに戻りたいわけでもないけれど。 「癖があるよね」と言われたのは、そのころだ

安くしとくよ

「店のお客さんでさ、仲良くなってもらった人のとこ、行こうと思って」 ドッグフードを売っている英太郎は、笑顔で言った。 ちょうど、美容院の話をしていた。 「犬飼い始めたばっかりでさ、いろいろ知識がないから教えてもらえて助かったって言われて」 で、そのひとが美容師だったらしい。 なるほど、良いご縁だ。 「すげえ安くしてくれるって言うから」 そして、英太郎はもう一度笑った。 * 「え、そのひとのところいくの?」なんて吐き出しそうな言葉を飲み込んだ。 ほんとうのほんと

東京の雨

はじめての雨で、驚いている。 この傘を、買ってから。 もちろん雨は降っていた。 引越しの日も降っていた。 でも、かばんの中の、入れっぱなしの傘を引っ張り出したのは、はじめてだった。 1ヶ月と少し前 友達と、新宿で買った傘。 お気に入りの、ポケモンの折り畳み傘を壊してしまったのはさびしい出来事だったけれど あれは、傘屋だったたにぐちが褒めてくれた傘だった。 日傘の効果は、年々薄らいでゆくのは本当だと頷いたあとに 「でも、効果がなくなるわけじゃないから。お気に入りの傘を

夜に抱かれて

ああ、と思って立ち上がる。 それは、なかなかの勇気だった。 夜、眠ろうと思ってベッドに潜り込む。 ごろごろと温めた居城で、ようやく眠ろうと消灯ボタンを押す。 立ち上がるのは、いつものそのときだ。 電気は点けない。 そのまま飛び降りて、窓へ 手を伸ばして掴む。 そうして、カーテンを開ける。 ある人は、「少し」と ある人は、「不必要に」と いうくらい、自分の中では「結構しっかりと」開ける。 すうっと、部屋が明るくなる。 明滅する信号と、眠らないコンビニの灯りに抱かれて、

教え

茎の細いスカビオサが、頭を垂れている。 その横で、どっしりと構えた茎の、ガーベラがこちらを向いている。 茎の細いのは、自身の重さに耐えきれなくなって、くたりと折れてしまうことがある。 茎が太くても、しゅうっとダメになることもある。 カラーが、2本ともダメになったときは悲しかった。 あれは、茎の中が空洞だった。 かと思えば。スイートピーの茎は細くて、先月に買ったやつが、まだきちんと咲いている。 * 「強く生きるよ」と、わたしは言った。 おじさんは笑って、「やさしく生きな

ついでに、良い朝

せっかくだから、という生き方を愛している。 それは、「ついでに」というのとだいたい同じで ついでに、郵便局に行こう、とか 郵便局にだけ行くのは面倒なのに。 百均に行くついでに、と思うと、なかなかいいぞ、という気持ちになる。 * 引っ越してからベランダが広くなったので、外でラジオ体操をするようになった。 惹かれるように、窓を開ける。 寒いのに、わかっているのに。 今朝はまだ暗い時間で、指先は真っ赤になった。 「今日はマイナス17度で」と書かれたハガキが、北海道から届いたば