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まつながちゃんの癖

「まつながちゃんって、癖あるよね?」

あのころは、「まつながちゃん」と呼ばれていた。
たくさん、導いていただいた。
わたしはずっと生意気で
伸ばされた手に、うんと甘えていたし、自然体であろうとした。
そしてそれは、背伸びをすることでもあったような気がするし、いまとあまり変わらない気がする。

あのころのわたしを思い出すと、いまでも勇敢な気持ちになる。
いまのわたしが弱くなったわけでもないし、あのころに戻りたいわけでもないけれど。

「癖があるよね」と言われたのは、そのころだった。
前後の会話なんて覚えていないけれど、急に言われたような感覚だった。
信じられないくらい、ゼンッゼン自覚のないもので、「うっそだ~」と笑った。

それからしばらくしたあとにも、別の人からも言われたから驚いた。

「まっつんは調子が良いとき、口がもぐもぐしてる」

えええ、なんだか恥ずかしい。
でもそれは、「まつながちゃんの癖」と同じもので驚いた。
それは、ライブ中の癖だった。
ピアノを弾きながら、そうなっているんだって。

ふたりともわたしのことをよく知る人で、一緒に演奏もした人だから、調子の善し悪しなんてきっと見抜かれる。
だからきっと、そうなのだろうなあ。
いやでも、恥ずかしいなあ。
ぜんぜん自覚ないし、あのときもいまでも「あの感覚のことか~」みたいに、思い当たることはない。

今日、ピアノを弾きながら「調子悪いなあ」と思っていた。
それから5秒経って、肩に力が入っていることに気づいて、すうっと抜いた。
すうっと抜いて、それから10秒経ったら、左足がぴょこんと上がった。

左足、これこそがわたしの自覚している癖だった。

調子の良いときは、左足が上がる。
ペダルを踏んでいない足。
演奏中、四肢の中で唯一自由なそれが、ふっと持ち上がる。

これは「調子が良いから持ち上げよう」とか、そういうのではなくて
ほんとうにふうっと持ち上がるから不思議だ。まるで、浮いているみたいに。
足が浮くと「ああ、調子良いんだなあ」と思ったりしていたものだった。
それは、ライブのさなかでも
少し、笑ってしまうような、粘るような熱のある幸福だった。

あれからもう、10年近く経つだろうか。

まだ、ピアノ弾いてるよ。
口をもぐもぐしてるかはわからないけれど、左足は持ち上がっているよ。
なんだか悪くない気分だね。




※now playing




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