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クッキーはいかが?

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1200文字以下のエッセイ集。クッキーをつまむような気軽さで、かじっているうちに終わってしまう、短めの物語たち
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2020年8月の記事一覧

「さっきまで、あったのにね」

「あれ〜〜〜???」 枕カバーを持って、わたしは部屋の中をうろうろする。 そんなに、うろつけるほど広い部屋ではないのに、うろうろする。 「どうしたの?」 ゲームをしていた同居人が、律儀に尋ねてきてくれた。 「まくらがないの」 枕カバーをつけようと思ったら、まくらがない。 ベッドか、ソファーの上だと思ったのに。 「朝にはあったのにね」と、同居人が言う。 さっき、枕カバーを外して洗濯した。 そのときには、あったのに。 やっぱり、見つからない。 まくらなんて大きなものが、

毎朝のコーヒー

「あ、コーヒーがある」 寝ぼけまなこで、君が言うのが好きだった。 コーヒーをペーパードリップするのは、わたしの役目だ。 5〜6杯用のサーバーに、たっぷり落とす。 サーバーがからになると、またコーヒーを淹れる。 使い終わったドリッパーが洗ってあるし、 さっきお湯を沸かしていたから(大きな音の鳴る、笛吹ケトルを使っている) コーヒーを淹れたことには、気づいているかもしれない。 そんな、「やはりあるな」という声のときもあるし、 冷蔵庫にコーヒーがあることに、ほんとうに驚いて

深夜のポテトチップス

言葉はそこあるようで、溢れない 絞り出すこともできるけれど いま、それをすべきかわからない。 絞り出すことだって、悪くない。 だいたいこんなに毎日書いてるんだから、絞り出す日だってたくさんある。 ただ、そうすべきかどうかが、わからないだけ。 わたしはパソコンの前にしばらく座って それにも飽きて、ふらふらと家中を徘徊し始めた。 こういうときは、煙草でも吸うのがいい。 それから考えよう。 バリバリ、と音がした。 「今日はもう、ゲームをやって寝る」と言った同居人は、宣言通

初心のチーズバーガー

「ねえ、帰りにマック寄らない?」 買い物を終えて、夕方になる手前。 駅のホームで、買い物に付き合ってくれた弟(のような人)に提案をした。 このあとは、家で一緒にゲームをやる約束だ。 ばんごはんにはまだ早いし、おやつとして、なかなか良い提案だと思った。 「いいですね」 安定した返事が帰ってきて、スマートフォンを一生懸命に覗き込んでいた。 マックのクーポンを調べてくれているらしい。 でも、わたしは買うものを決めていた。 * 「チーズバーガーを買ってきて」 欲しいもの

ただ、歩くということ

久し振りに、のんびり歩いた夜だった。 図書館に返し忘れた本を返しに行こう、と思い立ったのは20時過ぎ。 図書館までは、片道20分くらい。 日中に散歩するアクティブさを持ち合わせていないわたしには、なんだかちょうどいい気がした。 せっかくだし、と歩きながら母に電話をして、なんでもない話をした。 最近の暮らしとか、母の仕事の話とか 「夜はまあ、日が出てない分暑くないよ」なんて言いながら、図書館に着く頃には口数が減って、母の話を聞くだけになってしまった。 歩きながら話すのは難し

板チョコを丸呑みして

大学1年生の頃は、板チョコばっかり食べていた。 初めてのひとり暮らし。 わたしはとにかく、ケチっていた。 それがケチだったのか ひとり暮らしにかかるお金が理解できていないという不安だったのか お金をかけずに生きていける、という状況に安堵していたのか。 10年以上経ってしまったので、そのへんの正しい感情については、もう覚えていない。 板チョコだけを、許していた。 スーパーで、板チョコを買う。 コンビニの新作のお菓子とか、そういうのじゃなくて。 とにかく板チョコだった。 当

言葉の掛け算

「慎重に、急ごう」 同居人がやっているRPGを、見たり聞いたりしながら、ぼおっと過ごしているときの出来事だった。 次の目的地に向かうところで、少年は「急ごう」と言った。 それに対して20代の主人公が、「急いだら危ないだろ」とたしなめる。 「じゃあ、慎重に急ごう」 それが、少年の答えだった。 ささいな言葉の掛け合わせだけど、なんだかとてもすてきに思えた。 RPGというのは忙しなく次の事件が襲いかかる。 誰かが困っていて、それを助ける繰り返しだ。 なんとなくしか話を見ていなか

「どうしたの?」から、紡いでゆく

「どうしたの?」 やさしく、困ったように笑うその声を思い出しながら、折返しの電話をかけている。 「どうしたの?から、始まる電話」という歌詞から始まる曲を、書いたことがある。 20代の中頃に書いたその曲は、 二十歳くらいのころの思い出から、生み出した。 電話をかけると、そういうふうに笑ってくれる人がいた。 その声が、好きだった。 用事があるときもないときも、よく電話をしていた。 不安を受け止めて欲しい、という、幼いわがままが入り混じっていたと思う。 ばかのひとつ覚えみた

夏と線香花火

「今年まだ、夏っぽいことなにもできてない」 そんなセリフを、何度か聞いた。 わたしはそのたび、びっくりして、小さく息を呑んでしまう。 季節の行事とか、イベントにはほとんど興味を示さずに生きてきた。 二十代の大半をライブハウスで過ごしてきたわたしにとって、 7月8月というのは稼ぎ時で、信じられないくらい連勤したりしていた。 それで、構わなかった。 ライブハウスの仕事をやめたあと、会社勤めのときに、お盆休みをもらってしまって困った。 会社が休みになって働けない、という状況

だいじょうぶ

夜、ゴミを捨てに行った。 うちは、細い路地を入ったところにあるので 大きい通りまで、ゴミを捨てに行かなきゃいけない。 何十メートルか、歩く。 隣のアパートの入り口のところに、男の人が立っていた。 電話をしているみたいだった。 わたしは、邪魔にならないよう、隣をすっと通り抜ける。 夜中に、外で電話したい気持ちとか、しなきゃいけない状況とか、 ちょっと、わかる気がした。 「だいじょうぶだよ」 声が聞こえてきた。 「おれは、だいじょうぶだから」 重ねるように、声は言った

にんげんってすごい

「ふぎゃっ」 びっくりして、わたしは小さく叫んだ。 わたしは、髪の毛の量がすごく多い。 大学生のとき、「ポニーテールの太さが違う」と言われたことを、いまでも覚えている。 2ヶ月に1度、美容院に行くのはまじめだからではなく 「量を減らさないと、とてもじゃないから乾かない」が理由だ。 髪の毛が早く乾くスプレーとは運命の出会いを果たし、 もう二度と手放さないと決めた。 (いま使ってるのはコレ) スプレーの残りが少なくなってきたので、 ぶんぶん振り回しながら使っていた。

海の夢を見る

今日は、ラグの上で眠った。 わたしは、 どこでも、いつでも眠る。 「絶対に起きている」と断言できる時間は、「オフィスで仕事をしている時間」だけだった。 無職になったわたしは、本当に、いつでもどこでも眠る。 電車の中、オフィスで過ごす休憩時間、友達の家だって、自宅に友達がいるときだって 家にはベッドもあるのに、ソファーでも眠る。 暑いと、フローリングの上に倒れ込む。 フローリングの床って、どうしてあんなに、冷たくて気持ちいいんだろう。 ベッドがあるくせに、ソファーで怠惰

呼吸

「あ、息してなかった…!」 部屋での暮らしの中で、日に何度かそう思う。 ドライヤーをしているとき、考え事をしているとき、誰かのnoteを読んでいるとき 何か少し集中したり、一生懸命になると、息が止まっている。 無職生活も90日を越え、どんどん身軽になっていく。 ルールを変え、パワーを溜め、自分を許せることも増えてきた。 やってみたことや、やめてしまったこともいくつかある。 正直に言えば、毎日続けていることは、noteの更新と掃除だけだ。 やってみてやめてしまったことの