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だから僕は

売れることなんてどうでもよかった。

だから、僕は音楽を……


そんなニュアンスの歌詞を持つ曲が大ヒットしたと思います。


この曲のミュージック・ビデオの再生回数はかなり多く

日本人口の総数を超えているでしょう。


この曲がヒットした要因はいくつもあるのだと思うのですが、

強いてそのうちの1つに注目するならば

「往生際(おうじょうぎわ)の悪さ」ではないでしょうか。


この曲の最初の部分から最後の方にかけて

一部情景描写などがあるものの、 基本的には誰かの「いいわけ」が書き連ねてあります。


しかも自分ではなくほかの誰かに責任をすべて押し付けているように感じます。


「あんたのせいだ」といった感じです。


ですが、最終パートに近づくにつれて


「間違ってないよな……」となんだか少しずつ自信がなくなり、

「間違ってるんだよ、わかってるんだ……」と歌詞は続きます。


最終的にこの詩をメロディーに乗せているであろう方は 半ば開き直って、

本当のことを告白し始めます。


それまではいまいち頭に入ってこないイイワケでしたが、

この最後の部分で少しだけ何かをにおわせてきます。


このように、最初は決して本当のことを認めたくなかったけれども

だんだんど状況を見つめなおしていくうちに、本当のことを打ち明ける。


とても人間味あふれる展開の歌詞だからこそ、ヒットしたのかもしれませんね。



さて、人生というのは時にホロ苦く儚(はかな)いモノなのかもしれません。


そのとき、その瞬間はなにかに夢中になっていたとしても

その状況が永遠に続くという確約はどこにもありません。


まさに、諸行無常な存在です。


そんな人生のほんの一瞬をスクラップしたようなこの曲は

ある意味誰にでも似たような思い出がある、

いいかえればだれもがなぜか共感してしまう音楽なのかもしれませんね。


ボク・アタシもこんな感じのことが遠い昔にあった……。

あるいは、このような美しい物語のような人生を過ごしたかったという

一種の願望が呼び起されてしまったのかもしれません。


確かに、「まるで音楽の歌詞のような思い出」と形容されるような

キラキラとしたメモリアルな出来事があればうらやましい限りです。


この歌詞の中で感情を表現している歌い手の方は


未来では音楽をやってないといい。


というようなことを言っていますね。


喪失感に耐えることができず、二度と思い出したくもないと考えているのかもしれません。


最後に宣言しているように、音楽もすでにやめてしまっています。


けれども音楽をやめてもなお、歌詞からは過去のことを思い出していることがわかります。



それほど印象的だったということなのでしょうが、

もしかしたらまだ何かしらの未練があるのかもしれません。


ニンゲンというのは非常に厄介な生き物で、

何かを意識的に忘れようとすればするほどそれができません。


ちっぽけなコトでしたらまだなんとも思わないかもしれませんが、

コレが初恋の相手だったりするとなかなかキツイかもしれません。

色々な瞬間に、色々なことを思い出してしまいますしね……。


あるいは、それはいつまでもニンゲンを若さという檻に閉じ込めておくための

神様の悪戯(イタズラ)のようなモノなのかもしれません。


それにしても、この詩の中の人はこの後どうするのかが個人的にはとても気になります。


無理やり前へ進むのか

それともまた、音楽を始めるのか……?


画像はみんなのフォトギャラリーからお借りしました。

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