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ソルティ・ドッグ

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塩日記2020
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愛をうたえば(2020まとめ)

2020年は本当にたくさん書きました。書いた分だけ実力がついたかと訊かれるとそんなことはないけれど、表現したい欲求を素直に発露することだとか、人に読んでもらう喜びだとか、よりよいものにしていきたいと向上心を抱くことだとか、本当に、文章を書き出した思春期の、あの初心に立ち返る瞬間が多かったように思います。スキの数、ビューの数、フォロワーの数、それらは数字のかたまりではなく一つ一つが人の形なのだと、画面の向こうで私の文章に触れて下さった方がそれだけいるのだと、決して忘れることなく

コピー機と私

新しい機種にも関わらず以前のリソグラフより印刷速度が格段に落ちたコピー機を2台動かしながら、蒸れた空気の滞留する狭苦しい印刷室でこうして仕事をするのもあと何回かなあと考えた。事務職新人の仕事は書類整理と印刷作業から始まるので、いつ籠もっても、印刷室は初心に返る場所のような気がする。頼まれたものを規定通りに印刷する、だけ、と言葉では簡単に言えるが、印刷の手際と心配りでその人の能力はある程度透けて見えると思っている。ちなみに私は苦手だ。手際はいいけれど心配りができない。だから余計

私を真夜中から連れ出すヨタカ

BOOTLEGのカバージャケットがエドワード・ホッパーみたいだと人に言われて、見てみたら確かにホッパーのようだと思い、ちょうどそのとき書いていたこの曲に米津は「Nighthawks」と名づけたらしい。シカゴ美術館に所蔵されているNighthawks(夜更かしする人々)はホッパーの最も有名な作品である。どこに建っているかも明らかではない夜のレストランPHILLIESで、一組の男女、一人の男、一人の店員が揃っている。 私は最初、米津がホッパーの作品からインスパイアされてNigh

私は息ができる

カナダのワーキングホリデービザを取得したけれども行かなかった。2019年2月に手続きを開始し5月に取得、そこから1年間有効だったので、働いたのちに2020年3月の契約更新を行わず渡加しようと考えていた。 秋には祖母の具合が悪くいつ逝去するかわからないと聞かされていたこと、冬に入るころには何やら様子のおかしい風邪様症状が海外で流行り始めていたこと、30歳を超えたワーホリがいかにリスクを伴うか悩んでいて渡加の準備とともに元々転職活動や資格試験も並行していたこと、などがあって、結

多様性って何かということなんだけど、

幡野さんのコラムの炎上から1ヶ月も経ってないんだけどなあ、cakesってバカなの? と、安直な意見しか思いつかないのが本音なのだけど、多様性って無批判に何でも許容することじゃないよと言っておきたくて書いた。 「まず、主上が良い王であるか否か──これは見る人にもより、見る時にもよりましょう。ただ、今回の件に関しては、主上がいかなる王であるかは問題ではございません。剣をもって人を襲うと決めた時点で道義の上では有罪、その罪人に正義を標榜して他者を裁く資格のあろうはずがない」  -

私たちはみな、人が繋いできた道の続きを歩いている

Congressman John Lewis before his passing wrote, 'Democracy is not a state, it is an act.' And what he meant was that America's democracy is not guaranteed. It is only as strong as our willingness to fight for it. To guard it, and never tak

善行に倦むことなかれ

This loss hurts, but please never stop believing that fighting for what’s right is worth it. It is - it is worth it. (Hillary Clinton, 2016) "STOP THE COUNT!"というツイートを見た瞬間、うんざりした。私は本当にうんざりした。こんなにも民主的ではなく傲慢な人間が、4年もの間、アメリカ合衆国大統領であったことを、ただの一度も

ここではないどこかなんてない

ひどく落ち込み、一通り怒り尽くしたら、私を閉ざしてしまう。人が当たり前に営んでいる生活全てがどうでもいい気がしてしまう。投げやりなのではないと思う、ただ本当に「どうでもいい」と瞼を落とす。死ぬかわりに私は眠る。果てしなく混沌と眠る。ただ眠る。眠っていればたぶん朝は来る。否が応でも。否が応でも朝は来る。 noteの下書きが187もあって私の言葉の多くはこうして枯れてゆくんだなと思った。思ったことや感じたことをおまえは素直に書きすぎだと時折苦言を呈されるけれど、誰も私の言葉がど

例えここが地獄だとしても

本記事内では、cakes「幡野広志の、なんで僕に聞くんだろう」に触れています。noteで公開するか迷いました。炎上した当該コラム、及びその後の複数の謝罪文を何度読み返しても、note株式会社あるいは関係者にジェンダーバイアスがあるのは間違いなく、そのような方たちの目に私の文章が触れたために「やはり女は感情論でしか語らない」と(意識的であれ無意識的であれ)思われるのは大変不本意であるため、先に書いておきます。 感情の発露にはおおよそ全てに理由があり、より深い内的動機があってそ

水槽の中で熱帯魚は共食いする

12連勤明け、美容室へ行ったら側頭部に小さな禿げができていた。マジか。ウケる、いやウケない、働きすぎだろ、全然面白くないが笑ってしまった。私はこうして自分の身に降りかかった小さな不幸を、瞬間的に笑い話にして逃避する癖をやめたらいいと思う。自己憐憫に対する自罰感情、自罰感情に対する赦免欲求を、小さな水槽の中で泳がせて眺めている。 10年以上切ってくれている担当さんが発見したときは感情の水面を撫ぜられただけだったのに、インスタのストーリーにあげたものを見て話し掛けてきた同僚には

いつか燃え果てたこの場所に、ましろい雪が降るまえのこと

「なんか話しやすくなったね」 市街地のバスセンターで居合わせた彼女はおもしろがるように笑った。ひとりずつステップを上り、ふたりで最後部座席に座る。始発から終点までだいたい40分。床が板張りの、古い車体のバスはむだに横揺れを起こし、芯が弱くやわい私のからだはぐらぐらと右へ左へと振られる。そう? とまごついた声で訊くと、うん、としっかりした肯定が返ってきた。 「中学の頃はもっとさあ、尖ってて怖かったじゃん。寄るな触るな話しかけるなって感じで。氷の女王なんていうあだ名はけいにぴ

他者の存在がある「おいしさ」

同居している弟が実家に行っていて、夕飯を私一人で食べることになった。あと30分したらつくろう、あと10分したら、あと5分……などとうだうだしていたら結局面倒になって、食べずに寝た。仕事帰り、スーパーに寄って、買い物をして帰ってきたにもかかわらず。 昔から一人で食卓に座るのが嫌いだ。家でひとりの食事をしているときが、生活の中で一番孤独を感じる気がする。カフェで一人ご飯とかなら平気なのに、家のテーブルにひとりで向き合っているときの孤独感といったら言葉にしようがない。大学生になり

破滅するにはまだ早い

お気に入りのカフェで、推しにファンレターを書く。期間限定のイチジクとぶどうのパンケーキに、普段は四季春を頼むのだけど、めずらしくジャスミンティーを頼んだ。夏のうちに送るつもりだったので便せんは100%夏模様だ。彼女が手に取るときには秋も随分深まっていることだろうに。文章の中で謝っておく。ああ、字が汚い。私はあらためてペン字練習をするべきだ。 友だちに手紙を書くようにファンレターを書く。みんなのことを聞かせてもらえるのが嬉しいと言っていた顔を思い出しながら言葉を選ぶ。静かにゆ

あなたへの手紙

秘密の話をします。他のだれにも内緒です。わたしは、神様になりたかったのです。あなたが苦しいときにそばにいてあげられる、そんな神様になりたかった。 ですがもちろん無理な話なので、わたしはあなたのためにドレスを縫っているのだと思います。 まだわたしがずっとずっと新人の、もっと言えば見習いの、ハンカチの刺繍だけをさせてもらっていたときから、わたしがつくるものに目を輝かせてくださったあなたを、わたしは生涯、けっして忘れはしないでしょう。あなたはわたしの刺繍を、とりわけ花の図案を、