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#小説

she loves you

出会いはありふれたものだった。 友人になんとなく誘われた日帰りドライブ旅行のLINEグループの中に、彼女はいた。 誰に撮ってもらったか分からない、寂しげな表情の横顔アイコンに何故か惹かれた。 前日の夜、集合場所や時間のやり取りの時、彼女の選ぶ一つ一つの言葉遣いが好きだと感じた。 まだ会ってもいない、声も聞いていない相手に、僕の心は揺れていた。 旅行当日、友人が運転する車に同乗して、彼女はやって来た。 車のドアを開けた時に合った眼差し、肩より少し長い髪、細く白い指先に塗られ

読みやすさとは何か、ということについて。

この文章を読んでいるあなたは、本を読むのが得意ですか? 私はというと、どちらとも言えません。昨年、本を一冊出版したくらいなので、今でこそ本は好きですし読むのも早くなりましたが、子どもの頃はむしろ苦手でした。 なぜ苦手だったのかと考えると、端的に言えば「めんどくさかったから」です。大量の文字情報を目の前にすると、それだけでウンザリして眠くなってしまい、面倒くさがり&せっかちだった私は、あらすじと結果だけ分かっていればいいじゃないか、と思っていました。 そもそも、本とは何な

あなたの頭撫でた嘘のような朝日だった

 ドアを開けて、粗く切り刻まれた無数の写真が雛を守る鳥の巣のように、座り込む彼女を取り囲んでいるのを見て、僕はもうここに居ることはできないと思った。彼女は俯いていて、眠っているようにも見えた。  僕はリュックサックを下ろして床に置き、刻まれた写真の破片を踏まないように気を付けながら、彼女のそばに寄って膝をつき、身をかがめた。彼女は眠ってはいなかった。真下の一点を見つめながら、荒く、静かな呼吸を繰り返していた。  彼女の名前を優しく呼びながら手をのべようとした時、まだ指先も上が

エストニアのタリンでおばあちゃんから聞いた「大人の学び方」の話

「大人にものを教えるってことはできないのよ。特に私みたいにおばあちゃんになってるとね」  初めて訪れたエストニアのタリンは、とても美しい町だった。魔術師みたいな黒い石像に、小さな石が並んだ道。細い通りの上には、瓦を並べたような形の細い橋が渡されていて、二か所の見晴らし台からは赤い屋根の町が一望できた。  事前に調べて行きたいと思っていた職人通りに着くと、そこは陶器や人形など小さなお店が並んだ広場みたいになっていた。店を一つ一つ見回った後、アンティークでいっぱいのレストラン

バルセロナで聞いた「守られない約束の意味」の話

 疲れていた。ギャラリーめぐりで歩き回ったからだけではない。数日前に作品を買いたいと言ってた女性が、結局、買いに来ないことになったからだ。個展を見に来ると言ってくれたアートディレクターも、今のところ音沙汰がない。楽しみにしていただけに、残念に思う。  バルセロナには町中に小さな広場があって、町の人がタパス(小さい料理)を楽しんだり、カフェしたりしている。私は広場のベンチに座って、曇り空を見ていた。ここしばらくは、雨が続くらしい。  一つうまくいかないと、うまくいかなかったこ

広島の原爆ドームで聞いた「受け取る人のことを考えて言葉を発する」という話。

 獣医を初めて辞めた四月、私は次の就職先が決まると同時に広島へ行くことにした。ずっと行きたかった広島へ。行くと決めて数日後の出立。新幹線で行く広島は、思ったより遠かった。  原爆ドームの周辺には、ボランティアで解説してくれる地元の人がいる。園内に飾られた千羽鶴を見ていると、私も話しかけられた。 「よければ案内するよ」  眼鏡のおじさんは、もともとライターをやっていたのだと言った。文章を書くのが好きな私は、書く仕事ができることがうらやましいと、おじさんに言う。言葉で人の心

駄目だとわかっていても、誰かに期待してしまうのは何故なのか

深夜のLINEはなぜかいろいろ話したくなってしまう。私だけだろうか? そういう好奇心から一度やってみたかったLINE風のコンテンツ。使ったのはTalk Makerだ。時間、間、吹き出しの長さ。それによって全然意味合いが違ってくる。 10年くらい前は声をかけられる時「携帯の番号教えて」だった。けれど、今は「LINE教えて」になった。他にもSNSはあるのに、選べれるのはLINEなのだ。友人に「なんでLINEなの? Twitterでよくない?」と聞いたら「自分の部屋で話して