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夕暮れ時の あの坂で

あなたのその人生は、本当に現実ですか? 現実だと言い切れますか?
ある少女に次々と起きる不思議で奇妙な出来事。
少女を待ち受ける数奇な運命とは……。
作者の実体験をもとにした世にも不思議な半ノンフィクション小説。

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夕暮れ時の あの坂で
                              花宮 てまり


・・・・・そう、全てはあそこから始まったのだ。
            夕暮れ時のあの坂で・・・・・


 六歳の森野優芽(ゆめ)は、家の前から続く緩やかな坂を近くの公園へ向かって走って下りていた。
目からは今にも涙がこぼれ落ちそうだったが、必死に泣くのを我慢していた。泣いたら負けだと思ったからだ。
『ゆめはなにもわるくないもん。 いつきがママをとったからいけないんだ!』
樹(いつき)は三歳年下の弟だ。樹が生まれてから優芽はママやパパに抱っこされる回数が減った。ママの膝の上は優芽の特等席だったのに、樹の場所になってしまった。

今日も優芽はママと一緒に折り紙をして遊んでいたのに、早々に樹がテーブルの上の折り紙に落書きをして、優芽が怒ったら折り紙をクシャクシャにしてしまった。ママにプレゼントしようと思っていた折り紙をクシャクシャにされ、優芽は樹を突き飛ばした。樹は後ろに転び大声で泣き始めた。ママは急いで樹を抱き上げ、優芽に
『お姉ちゃんでしょ! そのくらい我慢しなさい!』
と怒った。優芽は悔しくて悲しくて、家を飛び出したのだった。泣いたら負けだとこぼれ落ちそうな涙を我慢しながら走っているから、前がよく見えなくなってきた。

「いたい!」
公園の目の前で誰かとぶつかった衝撃とともに、右の膝に痛みが走った。目からは丸い大きな涙の粒がこぼれ落ちた。
「ごめんね! 大丈夫?」
焦ったような声のする方を見上げると、制服を着た優しそうなお姉さんが腰をかがめ、優芽の体を起こしてくれた。右の膝は少し赤くなってはいるが、血は出ていなかったので優芽はホッとした。涙は出ているが、これはさっきまで瞳に溜まっていた涙がこぼれただけだった。
「痛かったね、ごめんね」
お姉さんは優芽の膝の砂を手で払い落してくれた。
「もういたくないからだいじょうぶ」
心配そうに覗き込むお姉さんにそう伝えても、お姉さんは優芽にまた謝った。お姉さんはポケットから可愛いキャラクターの絆創膏を取り出し、優芽の膝に貼ってくれた。
そして小さい透明な袋に包まれたキャンディーを二粒優芽の小さな手に渡してくれた。お姉さんはまた謝ると、急いで坂道を上がって行った。

優芽は公園へ入りベンチへ腰を下ろした。見通しの良い公園からは綺麗なオレンジ色の夕焼け空が広がっていた。お姉さんから貰ったキャンディーは優しい苺の味がした。

口の中のキャンディーがもうすぐ溶けてなくなるかという時に、心配そうな顔をしたママが樹を連れて公園へ小走りで迎えに来た。苺の香りを聞かれたので、優芽はさっきあった出来事をママに話し、もう一粒のキャンディーを樹に渡した。
樹はとても嬉しそうに笑い、優芽にギューッと抱きついた。

 緩やかな坂道で転んだあの日から二週間ほど経ったが、優芽の周りでは奇妙な出来事が起きていた。
まずは優芽の戸建ての隣には一軒家の空き家があるのだが、いつの間にかその空き家に人が住んでいた。しかもずっと昔から住んでいたという。優芽は空き家になっていたその家が寂しそうで、いつも『誰かが引っ越してくればいいのに』と思っていた。誰かが引っ越してくる夢まで見た事があった。

いつの間にか人が住んでいた隣の家には優芽と同じ歳の女の子がいて、公園で見かけた事があるが、どこかで会った事があるような変な感じがした。   
その女の子は優芽と同じ幼稚園で、幼稚園バスの席では隣同士になる。クラスも一緒らしい。周りのお友達の反応を見ても、その女の子はずっと前から同じ幼稚園のお友達らしい。でも、優芽には全く覚えがなかった。隣の家はずっと前から空き家だったし、クラスにその女の子はいなかった。
家族に話しても笑いながら
『何言ってんの? 幼馴染でしょ。春香ちゃんと喧嘩でもしたの?』
と、優芽のいう事を全く信じてもらえなかった。どうやら春香ちゃんと言うらしい。

 春香は、よく優芽の家へ遊びに来た。「春香ちゃん、いらっしゃーい! あとで、上に飲み物とお菓子持って行くからね」
ママは慣れた様子だった。
優芽の部屋の真ん中にあるじゅうたんの上に座ると、春香は手さげの中からお人形を取り出した。
「きょうはおにんぎょうさんもってきたよ」
春香の前には四つのお人形が置かれていた。
「ゆめちゃんはどれとどれにする?」
「これとこれがいい!」
優芽はピンク色のワンピースを着たお人形と、黄色の服に黄緑のスカートを着ているお人形を選んだ。

どのくらいの時間、遊んでいたんだろう?優芽は春香と遊ぶのに夢中だった。気付くと、窓から差し込む光はオレンジ色に変わっていた。二階に上がってくる足音が聞こえた後、ママが部屋に入ってきた。
「春香ちゃん、優芽、もうそろそろ時間だからお片づけしよっか!」
そう言うと、ママは一緒に片付けを始めた。
「春香ちゃん、今日もありがとうね。またいつでも遊びに来てね!」
玄関でママがドアを開けて言った。
「ゆめちゃんまたね」
春香は外に出ると手を振りながらそう言い、隣の家に帰って行った。

このように、優芽と春香は何回も一緒に遊んだ。ある時は春香の家や優芽の家で、またある時は近くの公園で。
人見知りの優芽だったので最初は少し抵抗があったが、春香はいつも明るくて優しくて、何日か遊ぶ内に優芽は春香が大好きになった。

そして奇妙な出来事は他にもある。優芽の家の屋根は青だったのに、いつの間にか赤に変わっていた。あと遠くていつも自転車で行っていたスーパーが歩いて行けるくらいの近い距離になっていた。ママに話しても
『きっと夢でも見てたのね』
と真面目に取り合ってくれなかった。

        *****

小学生になっても奇妙な事は沢山あったが、どれも優芽の勘違いという事にされてしまった。例えば、亡くなったはずの芸能人が生きていたり、同級生に知らない子が増えていたり、いなくなっていたり、 最初は奇妙だと思った出来事も毎日過ごすにつれ段々と気にならなくなり、自分の勘違いだったと納得していった。

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