割れた香水瓶に「ありがとう」
今日、新しい香水を買いました。
何ヵ月も頭にずっとあって、買うか買わないか悩んでいた香水。
甘い果実にジャスミン。でも堂々と広がる大地のような面も持ち合わせた,優美な香りです。
私は、香水が好きです。
「人から良い香りがする」という事象自体に、とても惹かれます。
ただ、今日違う理由に気づいたんです。
香水は傷つかない
私は身に付けるものを買いに行くとき、とても身構えて行くんです。
服屋では、だらしなく形が崩れた服と自分の身体の隙間に吹く風に心まで寒くなる。
「可愛い服」が、自分が着た途端に「布切れ」に変わってしまう。
「フリーサイズ」という言葉は、私をフリーにするどころか萎縮させます。
靴屋では、試着した靴がパカパカと私の足を離れていく。足を守るための人類の知恵であるはずの靴が、私のことは守ってくれない。
「千里の道も一歩から」という言葉がありますが、踏み出すための足が痛くちゃあ気持ちはどんどん落ち込んでいくものです。
化粧品店では、「変えられない自分の顔」と向き合わなくてはならない。
アクセサリーショップでは、自分の指から落ちる指輪を眺めるしかない。
それでもどれも身につけないわけにはいかないし、やっぱり少しでも綺麗でいたいからお店を回ります。
その頑張りたい気持ちに侵食してくるのは、じくじく響く、靴づれの痛み。
季節の変わり目ごとにこんな感じです。
でも、香水だけは違う。
香水は、似合わない服みたいに顔色を暗くしたりしない。
香水は、いつだって私に合うサイズ。
香水は、自分の嫌なところを見せつけてこない。
私の気持ちをほぐし、高め、勇気を与えてくれる。
だから私は、季節ごとに香水を変えたり服装や気分に合わせたりして楽しんでいました。
家にいるときも、そういう気分の時には香水をつけていました。
香水だけは,私を傷つけることなく私を綺麗にしてくれる。
そう思ったのです。
香水を買わなかった時期
そんな私ですが、新しい香水は実に2年ぶりです。
「気持ちが沈んでいる」というのは恐ろしいもので、新しいものを買ってより良い自分を目指したりする気持ちまで沈め、悪循環へと誘っていく。
買わない期間も「こんな香りの香水があるんだ」等と調べてはいましたが、自分が買うかとなると気乗りしませんでした。
この間も香水をつけてはいましたが、「無臭よりは花の匂いがした方がいいな」といった程度。気に入ってつけていたわけではありません。
軽やかすぎる匂いに、違和感すら感じていました。
思い出した高揚感
そんな日々を過ごしていたある日、「珍しい香りが出るんだな」と思っていた香水が店頭に並んでいる姿に目が止まりました。なんとなくボトルを観ていると、店員さんからムエットを渡されました。
鼻の近くに持っていくと、マスクごしでも分かる素敵な香り。
視界がぶわっと広がって、目の前が急に明るくなったような気がしました。
思わず「素敵…」と呟くと、店員さんも「これ私も使ってるんです!!ホントに良い香りですよね!!」と返してくれた。
それがまた嬉しくて、自分の身体や心が沸き立つのを感じました。
その日は時間も無かったですし、帰りました。
今思うと、まだ香水を買う時の感覚が完全には戻っておらず、躊躇してしまったのだと思います。
翌日。準備をするためにカバンを出したら、ポトリとムエットが落ちてきました。
捨て忘れてたことに気付き拾おうとした瞬間。
またあの香りと高揚感がやってきました。
今度はもう、迷いませんでした。
すぐにお店に出向き、にこにこしながらお会計をしました。
この香りを纏って、これから何をしようかと考えると、足の痛みも和らぎました。
お別れのとき
ルンルン気分で家に帰り、自分のポーチを整理していたときでした。
これまで使っていた香水瓶に指が少し触れ、傾いたのです。
そしたら机の板に触れた瞬間、
「パリーーーーン!!」
音を立てて、その香水瓶は粉々になってしまいました。
今まで、ちょっと何かに当たったり誤って落としてしまった時でもびくともしなかった香水瓶。
突然のことに、私は驚きどころか思考が停止してしまいました。
呆然と立ち尽くした後、私の心に広がったのは、感謝でした。
自分でもよく分からないのですが、直感的に「この子は役目を終えたんだ」「この子は私が新しい香水に踏み出すまで、見守ってくれていたんだ」と思いました。
気持ちが沈んでいた時,いつも寄り添ってくれていた香り。
そんな彼女が,「これからは自分の好きな香りと頑張るんだよ」と言ってくれたようでした。
私は少し涙ぐんで、破片を片付け、手に残った最後の香りを楽しみました。
前よりも、少し好きになったように感じました。
これから
そんなに好きではなかった香水に背中を押されて、今私は少し前向きな気持ちになっています。
新しい香水が、私に将来をくれますように。
そしてこれからも,香水を好きでいられますように。
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