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ぱらぱらめくる #夢怪談

 目が覚めたとき、部屋は真っ暗だった。
 夕方頃、異様な眠気に襲われて、そのままごろんと横になったら、いつの間にやら眠ってしまった。

 出窓から、街灯の明かりだけが差し込んでいる。
 カーテンを閉め、電気をつけようと思うのだが、それも面倒くさい。顔にずっとエアコンの風が当たっていたせいか、喉がからからだった。

   とりあえず、ビールが飲みたい。
 ゆっくり起き上がり、出窓から漏れる明かりを頼りにキッチンに向かう。暗い中、手探りで冷蔵庫を開ける。庫内の明かりにほっとしながら、缶ビールをひとつ取り出した。

 部屋に戻って、プシュッと缶を開ける。喉に染み渡るビールの刺激で、ぼんやりしていた意識が少しずつ目覚めていく。
 漏れる明かりに引き寄せられるように、出窓に肘をつき、外を眺めた。
どれぐらいうたた寝していたのかわからないが、たぶん今は夜中なのだろう。
 夜道を照らす街灯。
 二股に分かれているY字路。
 その分岐点には小さなお堂があり、その脇には今どき珍しく公衆電話が立っている。体ごと中に入るボックス型ではなく、電話機だけが囲われているスタンド型の公衆電話だ。その足許でもそもそと、何かが動いているのが見えた。
 誰か電話でもしているのだろうか。
 でも、大人が公衆電話の前に立っていれば、電話機本体より頭が低くなることはありえない。だとしたら、しゃがみ込んでいるのかもしれない。

 背の高い街灯は、その公衆電話を照らすように立っていた。その明かりがうずくまるように、スタンドの下方に溜まっている。そのせいで動く物体が影になり、その正体がわからなかった。

 どちらにしても目が悪いので、眼鏡がないと見えづらい。
 寝起きなので、余計視界がぼやけている。動いているのはわかるので、そこに何かいるのは確かなようだ。

 目を凝らしていくと、つばのある帽子が見えた。野球帽かもしれない。 だんだんと動いているものが子供であることがわかってきた。だが、近くに大人は一人もいない。部屋の時計を確認しようとするも、部屋が暗くて時間がわからなかった。

 周囲は静かで、人が通る気配もない。やはり深夜であることは間違いなさそうだ。それにしても、こんな遅くに一体何をしているのだろう。

 更に目を凝らしてみると、どうやら電話帳を手にしているらしい。しかも、ただ持って開いているわけではない。分厚い背表紙を小さな手で掴み、電話帳を勢いよくぱらぱらとめくっている。あんな早さでめくっても、中身がわかるはずもない。ぱらぱら漫画で遊んでいるかのように、子供はただひたすらページをめくっていた。
 どちらにせよ、こんな遅くにやることではない。警察に通報したほうがいいかもしれない。

 詳細を把握するために眼鏡を探す。
 暗がりの部屋に視線を這わせていくと、窓の光に反射した眼鏡のレンズが、テーブルの上で呼びかけるように光っていた。手にしていた缶ビールを出窓に置く。テーブルに手を伸ばし、フレームを指先でつまんで、眼鏡をかけた。

 ぼやけていた視界が一気に澄み渡る。
 そして思わず「あっ」と声を上げた。

 子供の頭が後ろ前、逆さまについている。
 体は背中を向けているのに、顔はこちらを向いているのだ。

 一瞬にして、あの子がこの世のものでないとわかった。

 野球帽を、キャッチャーのように後ろ前にかぶっていたせいで、頭が逆についていることに気づけなかった。
 公衆電話に佇む子供は、電話帳に目を落としてページをめくっていたのではなく、ずっとこちらを凝視しながら、ひたすらページをめくっていたのだ。

 よく考えてみればおかしかった。
 近眼の自分がなぜ、ぱらぱらとめくられていたものが電話帳だとわかったのか。その電話帳が見えていたのになぜ、あの子の頭が後ろ前についていたことがわからなかったのか。
 そんな矛盾に気づいてようやく、見てはいけないものを見たと悟ったのだった。

 恐ろしさにカーテンを勢いよく閉めると、部屋が一気に真っ暗になった。早く電気をつけようと、慌てて振り返ろうとした次の瞬間、

 とんとんとん。

 背中を叩かれた。
 小さな指先の生々しい感触。
 でも、部屋にいるのは自分だけだ。 

 なにか、いる。

 背後にざくっと、切れるような冷たい気配を感じる。
 それと同時に、心臓が痛いほどにどどどどどと音を立てた。強く叩く心音は、狂おしいほどの動悸を引き起こす。
   後ろを振り返ったら絶対に駄目だ。
 そう思った次の瞬間、

とんとんとん。

 再び背中を叩かれた。
 呑んだ息が、なまりのように喉を伝って胃に落ちる。駄目だと持っているのに勝手に首が、

ぐぐぐぐぐぐ。

 と鈍くゆっくり動き出す。もうこれ以上首が回らないと、微かな声を上げたそのとき、足許の床が音もなく抜け落ちた。

 墜落する体とともに、意識は切れ切れになっていく。落下速度が自分の意識を追い抜いたとき、小さな点になってすべてが消えた。

 ……気がつくと、公衆電話の前にいた。

 なぜ、ここにいるかはわからない。
 体を動かそうにも、この場から一歩も離れることができない。この手は電話帳の背表紙を握りしめ、ただひたすら飽きもせずに、ぱらぱらぱらぱらとページをめくり続けている。

 でも不思議だ。
 決して脚は動かないのに、首だけは自由に華麗にぐるぐるぐるぐる回転するのだ。自分の頭がメリーゴーランドになったみたいで実に愉快だった。愉快愉快、ああ愉快極まりない。

ぐるぐるぐるぐるぐるぐる。

 頭を自在に回していると、今まで自分がいた部屋の窓に、誰かがぼんやり立っているのが見えた。
 首の動きを止めて窓のほうを見ると、缶ビール片手ににやにや笑う、自分の姿がそこにあった。
 やつは高みの見物とばかりに、こっちを眺めてちびりちびり、舐めるようにビールを飲んでいた。





残暑お見舞い申し上げます。

 夏目漱石の夢十夜ではありませんが、こんな夢を見ました。
 本当に怖い夢だったので、このお盆の名残り漂う台風の夜に、投稿しようと思い立った次第です。
 少し怪談じみた夢だったので、
  #夢怪談
 と、名付けてみました。
 実話怪談でもなく、創作怪談でもない、夢で見た怪異。
 夢であるにもかかわらず、目覚めたとき、心臓が痛いほどに激しく胸を打っていました。ああ、本当に怖かった……。

 皆さんも怖い夢、怪談っぽい夢を見たことはありますか。
 それでは、どうぞ健やかに残りの夏をお過ごしください。


お読み頂き、本当に有難うございました!