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たまご寿司からの解放


暖かくなれば、そろそろミモザの花の季節になる。
アカシアともいうらしい。
緑色の茎から、小さな黄色い花が綿のように咲き、
春のやわらかな暖かさを、目から感じる、可愛らしい花だ。
私はこのミモザを道で見かけると、うっとり、思わず目を細めてしまう。

このミモザ、オムレツの色にそっくりなのだ。

オムレツ色の花は、私に否応なく卵料理を連想させる。

あー、タマゴサンド食べたい。じゃがいも入れたオムレツもいいな。
だし巻き卵で日本酒で一杯もオツだし、
まだ小寒いから、かきたまうどんなんかも素敵だわい。
関西では鶏卵うどんっていうんだっけ?
おやつに、プリンもいいねぇ、
カスタードクリームたっぷりのシュークリームとか、
ウホホホホホ……

私の頭の中は、花より団子。まさに、春の情緒を蹴飛ばす勢いだ。
実際、ゆで卵を細かにみじん切りして、サラダにかけたものを
ミモザサラダというのだから、ミモザ=卵という私の発想は、
決して間違ってはいない。

そんな卵好きの私は、この数日間、身悶えしながら暮らしていた。
凄まじい飯テロ攻撃をお見舞いされたからである。

微熱さんの弟さんが、巻く作業が面白いというだけの理由で、
12個もの卵を使い、だし巻き卵を3本も作ったことから、
一家総出で、太巻きづくりが始まってしまう楽しいお話だ。
作品内に、だし巻き卵だけで作った、たまご寿司なるものが登場し、
私の頭は完全にスパークした。

記事の中には

夜になって食べ始めてみたら、思いのほか、たまご寿司がすすむ。これはほかの家族のメンバーも予期しなかったことらしく、少し信じられない、といった顔で食べ進めていた。残りが20、10と徐々にへり、残り5のところでギブアップとなった。残りは明日の夫の弁当となる。

などと書かれている。

「余ってるなら私に!余ってるなら私にぃぃぃー!」

画面越しに訴えるも、当然届かない。
こうなったら、生霊となって微熱さんのご主人に憑依し、
その身をお借りして、翌日のお弁当を食べてしまおうか。

しかし私は、そんなオカルトな技術は持ち合わせていない。

何とか、平常心を取り戻そうと、普通の生活を試みるも、
気を抜くと、たまご寿司の妄想が始まってしまう。
習慣にしている瞑想にも、影響を及ぼし始めた。
私の生活がたまご寿司に侵食されていく。恐ろしい。

こうなったら自分で作るしかない。

私は強い決意とともに猛然と立ち上がり、台所に向かった。
かつお出汁を引き、酢飯の準備をし、冷まし、巻きすを取り出す。
出汁が冷めたので、だし巻き卵の準備に取り掛かる。

我が家には、卵焼き専用の四角いフライパンがない。
若干不利な状況だが、仕方がない、丸いフライパンを使う。

卵は贅沢に5つ使った。その量に鼻息が荒くなる。
出汁を大さじ5、めんつゆを大さじ2杯ほど入れ、かき回し、
米油を引いて、温まったフライパンに卵液を流し、ジュウジュウ焼く。
焼き上がったら、ひいたラップの上に、ぼってり転がし、ぐるぐる丸めた。
こうすると、冷めていくうちに、たまごの形が落ち着くのだ。
ラップに巻かれ、ツタンカーメン状態のだし巻きを見ながら、
美味しく固まってくれよ、と一声かける。

ここで他におかずが何もないことに気づく。
ほうれん草を一束使った青菜のにんにく炒めを作り、冷蔵庫から、
酢にんじん、前日の残りのきのこのポン酢バター炒めを取り出す。
酒は熱燗にするつもりなので、あとは油揚げを焼いて、
おかかとすりごま、七味をふりかけた。
汁物は残りのかつお出汁に、きのことそうめんをそのまま一束入れ、
軽めのにゅうめんに。味はそうめんから出る塩気で充分なので、簡単だ。

問題は、巻きの作業である。
ここで気づいたのだが、私は、太巻きを作ったことがない。
今まで、太巻きを作る必要に迫られたことがなかったのだ。
考えてみれば、巻きすを伊達巻以外で使ったことがない。

突然の初体験に、動揺しつつ、巻きすの上に海苔を引き、
酢飯をまんべんなく置いていく。
端を切って形を整えただし巻き卵をデーンと置いて、
エイヤ! と勢いよく巻きつけた。
ちゃんと巻けてひと安心。こういうのは勢いが大事だ。

酢飯が余ったので、少しだけ納豆の細巻きを作り、
本日の晩御飯が完成した。

帰宅した夫も、微熱さんのたまご寿司の話を読んでいたので、
食卓に並ぶたまご寿司を見てニヤリとする。

「いやー、もう我慢できなくてねぇ」

そう言いながら、私がせっかくだから写真を撮りたいと話すと、
夫がPENTAXのK-7というカメラを久々に取り出し、
いやー、難しいねぇと言いながら、カシャカシャ撮ってくれた。

日本酒は、報徳娘を熱めの燗にした。平盃に注ぐ。
一口、お酒を口にし、念願のたまご寿司を頬張った。

美味しい。

本当に、一口二口とすすむ、オツな味だ。
そのまま食べても、ワサビ醤油につけても美味しい。
食べ飽きない素朴さがある。
ごはん物でありながら、酒のアテにもなるのだ。
なんと優秀な食べ物だろう。

私はようやく、たまご寿司の妄想から解放された。
微熱さんのご主人に生霊を飛ばさずに済んでよかった。
「生霊 飛ばす」
そんな末恐ろしい検索ワードで
一瞬でも、Google先生にご指導願おうと考えたことは、
熱燗の酒を流し込んで忘れようと思う。




お読み頂き、本当に有難うございました!