202号室の怪

最近、マンションの更新をした。これで5回目か。数えてみてびっくりした。

前は築40年ほどの昭和な雰囲気のコーポに住んでいたので、狭くはなるものの、築浅でスペックもずっとよく思えて、ここに決めたのだった。

ちょうどその頃、人生の転機を迎えていて、新しい部屋で心機一転、頑張ろうと思っていた。

そんなある日、フリーペーパーのお得な割引券につられて、とある整体院を訪れた。
整体師は、使っているマシンやら施術やらについていろいろとうんちくをたれる人だった。
スポーツ選手や有名女優が常連だそうで、そこで扱っている高価なパワーストーンも彼らに人気らしかった。
超有名スポーツ選手がそこのパワーストーンのブレスレットをしていたのをテレビで見たことがあるから、嘘ではないのだろう。

ところで、この整体師、ちょっとした霊感なるものがあると言う。

お客さんに「あなた、1ヶ月後に3人にプロポーズされるよ」と感じたままに伝えると、その時本人は信じなかったらしいのだが、1ヶ月後、言われたとおりになって、結婚が決まったと電話があったそうだ。

そこで、「私は結婚どうですかね?」と聞いたところ、「正直に言っていい? しばらくかかるよ」と告げられた。しばらくと永遠はイコールですか? と今問いたい。 


私がアンケートに書き込んだ住所を見るなり、整体師はう〜んとうなって、「あなた、この部屋よくないなあ。いろいろうまくいかないでしょ? いやあ、この部屋はやめたほうがいい。今すぐ引っ越したほうがいいよ」と言い出した。 

まあ確かに、究極的に不幸とはいえないが、いろいろうまくいっていない感はあった。
突然やってきた転機に気持ちがついていかず、閉塞感を抱いていたことは否めない。
それは部屋のせいだったの? 部屋さえ変えればうまくいくの? いや、でも引っ越したばかりで、また引っ越す余裕なんてない……。

おそるおそる、なぜ私の部屋が悪いのかと尋ねた。
末尾が02号室だから、と言う。
末尾に02がつく部屋はとにかく不運を呼ぶ。知り合いで02号室に住み続けた友人がゆきだるま式に不幸になった。恋愛も結婚もその部屋にいたらうまくいかない。表沙汰になっていないだけで、いろんな不幸が02号室に住む人々には襲ってくるのだと彼は持論を展開した。

そこまでは、まだ疑いの気持ちが強かったのだが、私をびびらせたのは、次のひと言だった。

「何より怖いのはさあ、一度02号室に住んじゃうと、そのスパイラルから抜けられなくなるんだよねえ」

昭和なコーポの部屋も202号室だった。
思い返せば、その前に住んでいた部屋も202号室、大学でひとり暮らしをした部屋も202号室だったではないか。

こ、これはスパイラルに入っちゃってるってことなんだろうか。だから、ぼっちなんですか、私!?

でも現実的に考えて引っ越すなんて無理だった。
泣きそうな顔でそれを伝えると、整体師は困りながらも、やむを得まいとアドバイスをくれた。
確か、風呂で呪文を唱えながら全身を粗塩で清めろというものだったように記憶している。
そんな悪霊祓いチックなおどろおどろしい方法でしか私は救われないのか……とひどく落ち込んだ。

体のメンテに行ったのにメンタルにダメージを受けてマンションへ戻ると、郵便受けに前の住人あてのダイレクトメールを見つけた。

苗字の異なる男性と女性それぞれへの郵便がたまに届くことがあった。
築年数から考えると、私の前に住んでいたのは、ひとり、もしくはひと組だろう。とすると、彼らは同棲していたカップルなのか?
もしや破局して引っ越し? 02号室のせいで?
ネガティブな妄想が膨らんでいく。

思いあまって、私は信頼のおける2人のいわゆる“視える”方々に意見を求めた。
病気だけじゃなく、こういうことにもセカンドオピニオンをもらうに限る。
さて、私の切実なるメールへの返信は、どちらも、気にしなくていいと思う、という拍子抜けするほどあっさりしたものだった。
気の持ちようということらしい。
おかげで、少し落ち着いた私は、とにかく気にしないように努め、日々を過ごしていた。

そんなある日のこと、転職したばかりの職場で、勤務先を言い渡された。
小さなオフィスだった。
このオフィスについて、マネージャーが感慨深そうに教えてくれた。
「小さなオフィスだけど、この会社はすべてあそこから始まったのよ。あのマンションの202号室から」
私が、ひぃ〜と心の中で叫び、卒倒しそうになったことは言うまでもない。


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