片山義太郎と出会った話
物心ついたときから、読書が好きだ。
幼稚園に通っていたころは本を読んでもらうのが毎日の楽しみだったし、文字が読めるようになってからは、事あるごとに「図書館に行きたい」と言うのが口癖になっていた。
本の虫の小学生
小学生になると、数日に1回は図書室に行き、図書室の先生に「また来たのね」と顔を覚えられる始末。
同じく読書が好きだった2つ年下の妹とも、図書室でよく会った。
わかったさん、かいけつゾロリ、イソップ物語からはじまり、高学年になると星新一さんや青い鳥文庫、ハリーポッター、ダレンシャンなどを片っ端から読む。テレビを見るより、ゲームをするより、物語の続きを読みたい。そんな小学生だった。
片山義太郎と出会う
なぞとき、推理ものにはまったのは小学5.6年生のころで、はやみねかおるさんの夢水清志郎シリーズ、松原秀幸さんのパスワードシリーズ(パソコン通信探偵団)を飽きるほど読んだ。この頃の夢は探偵になること。なぞときに影響を受けすぎていたのは否めない。
そして中学生になると文庫の推理小説に手を出し始める。忘れもしない、衝撃の1冊と出会うのだが、それは赤川次郎さんの「三毛猫ホームズの追跡」。
ドラマ化もされた三毛猫ホームズシリーズの2作目で、なぜ2作目から読んだのかというと、本屋さんでたまたま手に取ったのが2作目だった、というだけである(それが2作目ということも知らずに読み始めた)のだが、これがなんとも運命的な出会いであった。
血を見ると貧血を起こす、高所と女性が苦手、下戸、なで肩、童顔。この成り立ちで刑事だという主人公、片山義太郎、29歳。
つまりは、幼き頃のわたしは、この片山義太郎というギャップの塊に、目も当てられないほど惚れ込んだのである。
こんなにも可愛くてかっこいい人がいたなんて。
そして気の強い晴美と、ちょっと抜けてる石津さんも、人に無関心なホームズも、たまらなく魅力的で。
ストーリー云々かんぬんよりも、その架空の人物たちの人柄に、それはそれはびっくりするほど惹かれてしまった。
こうして、わたしの推理小説への投資がはじまった。
本当に好きなんです
中学生にもなると、部活だったりテストだったりで、家で読書をする時間もめっきり減ってしまった。
そのため、授業の合間の10分休みは、必然的に読書時間へと化していく。
授業が終わった途端、机から本を出す。ページをめくるのももどかしく、続きを求めて胸が高鳴る。せめて次の授業までに、この章は読み終えたい・・・急げ急げ・・・
「・・・ちゃん。○○ちゃん!」
突然、名前を呼ばれて我に返ると、そこには呆れた顔の友達が、理科の教科書を持って立っていた。
「次、理科室だよ!チャイム鳴るから急いで!」
まだ物語の世界から抜け出せていないわたしは、ぼぅっと周りを見渡すとたしかに、教室には誰もいない。
「・・・!ごめん!忘れてた!」
目が覚めた。いかに自分が小説の世界に没頭していたのかを知らされて、赤面しつつ移動の準備をするわたしに、友達は呆れた顔で続ける。
「本当に小説が好きだねぇ」
そうなんです、本当に好きなんです。集中しすぎてごめんなさい、と思いながらも小声で「呼びに来てくれてありがとう」と伝える。
その後、授業には間に合ったが、次からは教室移動がないか確認してから本を読もうと、ひとり決意した出来事であった。
変わったこと、変わらないこと
大人になって、旅行だのカメラだの趣味が広がり、読書をする時間も学生時代よりかなり減った。
悲しいことに置くスペースがないからと、小説を売ることも増えた。
だけれど、何年経っても三毛猫ホームズシリーズだけは手放せない。2作目を読んだあと、1作目があることを知って購入し、その後は全作買いそろえ、新作が出るたびに本屋へ行く。短編集もふくめ、50冊以上が並ぶさまは壮観であり、癒やしである。
片山義太郎と出会って17年。彼はわたしの青春であり、片思いの人であり、思い出でもあるから、そう簡単には離れられない。
そしてまもなく、わたしも29歳の誕生日を迎える。
永遠の29歳である彼に追いついてしまうことに、なんだか感慨深いものがある。
大人になったな、と思う反面、中学生の頃から変わらない「好き」もあって、なんだか少し安心した。