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【インタビュー】「かわいい」を身にまとい、「好きなこと」で生きる着付け師の物語

ゆるがない自分を持て余す人、そして、自分の好きを見失いそうな人に。
着物を通して、かわいい「今」を楽しむ生き方をお届けします。
着付け師として着付け教室や出張着付けをしながら、カメラマンであり、実は占い師でもあるりっぷるさん。好きなこと、やりたいことに囲まれて生きることを選ぶカギとなったのが、「着物」でした。

これを読んだらりっぷるさんみたいになれる、というわけではありませんが、その生き方と着物の魅力が届きますように。

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フネさんになりたくて

今は週1回以上、多かったら、半分以上着物を着ています。6年くらい前に着物を着はじめました。
着物を着る前は、普通に働いてたんですよね。
あるとき、私、こういうお仕事をする予定じゃなかった、辞めよう、と思ったときに、辞めた後何をするか決めてから辞めたいなと思って。仕事とかじゃなくて、どういう生活を送りたいか。
それで、着物を着て生活がしたい、って思ったんです。

フネさん、いるじゃないですか。サザエさんの。
フネさんって毎日お着物ですよね。すごく品があるんです。
サザエさんは走り回ってるけど、フネさんは走り回らないんですよ。
私せわしない生活を送ってたんです。
すごくせかせかしていたから、もっとゆったりしたくて。私の中で、時間にゆとりをもって、落ち着いている上品な大人の見本がフネさんだったんですね。いつもお着物を着ていて素敵だなと思ったから、お着物を着て生きたいって思ったんですよね。
それが、30歳ぐらいでした。

それまでは本当に成人式でお着物を着せてもらったくらいで、自分で着ることもなかったです。
おばあちゃんとひいおばあちゃんはお着物を持っていたし、おばあちゃんちに行ったらお正月に着せてもらっていて、着物は遠い存在ではなかったんです。
でも、むしろ着物は着ないと思ってたんですよ。
だから、おばあちゃんの袋帯を1本、コルセットにしちゃったんです。おばあちゃんのこと大好きだったから、使いたいなと思って、でも着物は着ないだろうから、コルセットにすれば洋服でもかわいい帯を身につけられるなと思ったんですけど。
後で後悔しました。今だったらあの帯、そのまま使ってあげられるのに、って。
残念な気持ちはありましたけど、今も和洋折衷コーデでコルセットとして使ってます

私を知ってる人からするとフネさんになりたかったっていう着物の着方ではないよね、とは思うんです。でも、きっかけはきっかけ。フネさんにはならなかったけどね。

着物を仕事にする

仕事を辞めるタイミングで、子宮頚がん疑いの診断を受けたんです。
結局大丈夫だったんですけど、そのとき、がんでこのまま死んだらもったいないなと思って。それで、ほぼ着たことないけど、着物で生活するっていうのに憧れて、すぐ仕事は辞めました。
半年ぐらい休んで、着物を習いに行ったり、着物でいろんなところに行ったりしました。

最初はもちろん、自分が着物を着たいだけだったんですよ。
自分が着物で生活したいと思って着物を着ていたら、お友達と遊んだりするときに、「私も着物着たいな」って言ってくれる人がいて。じゃあ私が着せるから一緒に着物で出かけようよ、ってやってみたんですけど、やっぱり自分で着ることができても、着せるのって難しいじゃないですか。自分の納得いくような着付けができなくて、すごく悔しかったんです。
そういうふうに言ってくれる人がいるなら、自分の身近な人から着付けをしてあげられるようになったらいいなと。
ちょうどお世話になった着付けの先生が、着付けの先生になるための講座を開いてくれていたんですね。それまでは興味がなかったから行ってなかったんですけど、ちょうどやってみようかなと思うタイミングだったので通い始めました。それで勉強して、着付けができるようになって、そこからですね、活動は。

着付を勉強したからといって、別にプライベートで友達を着せるだけでもいいじゃないですか。仕事にしなくたっていい。
でも、私、どうしても好きなこと、やりたいことをお仕事にしたいというんでしょうか、交換したくなるんですよね。自分の技術と何かを。
そうすることでお互いがWin-Winな関係になれるというか。対等でいられるというか、関係をキープできると感じるんですよね。だからこそお仕事っていうものに変換したんだと思います。


占いと着物は人と関わるためのツール


多分私は着付けをすることだけが楽しいわけじゃないんだと思うんですよね。
その人が着たいと思って初めて着付けをしないと意味がない。
占いの仕事もやっているんですけど、占いも一緒で、占って欲しいって言われて初めて成立するんですよ。占って欲しくない人を勝手に占ったらそれってすごく失礼じゃないですか。


人を占う仕事を始める前、「占いができる」って言ったら「一杯ご馳走するから占ってよ」って言ってもらったんですよ。
そこで等価交換が行われたんですね。
占いっていうのは、一杯おごっていただけるんだ、と。
じゃあちょっと 仕事でやっていこうかなって。だから、占いも基本的に何かを得るためのツールですね。
着物も占いもそうなんですけど、人と関わるツールだと思ってます
私、雑談が苦手で。「天気いいですね」から、どうやってプラスすればいいのかよくわからないんですよね。みんなそんなに興味がなくても、興味あるように喋ったりできるじゃないですか。あれができなくて。本当に上の空になっちゃうんです。
学生時代って本当に趣味が合う人としかいないからそれでも成り立つんですけど、社会人になったとたん、合う人たち以外との関わりが増えて、本当に自分は下手くそだなって。
だから本当に自分が好きなものと相手が好きなものが合致したときに、会話が盛り上がるというか、楽しい。
着物を着てなかったらこの人と出会ってないな、みたいなこともありますよね。

面白いのが、知らない人が声をかけてくれるんですよね。おばちゃんとか。
しかも、だいたい褒めてくれるんです。褒められたら自己肯定感が高くなるし、嬉しいし。逆に褒めたりもできる。
「お母さんのそのワンピースもかわいいですよ」とか、知らない人とお話できるんです。
知らない人と話す機会なんてないじゃないですか。
その場だけの、一期一会かもしれないけど、そういうふうにお喋りできるのもいいなって思います。

声かけられると楽しいし嬉しい。本当に奇抜なときでも、奇抜な色でも、角とかつけたコスプレみたいなときでも、エレベーターでおばちゃんがいいわね、とか言ってくれて。
こんな、おかしな格好でも褒めてくれるんだと。
着物っていうだけで褒めてくれるから、上手に着れてなくても褒めてくれたりするんですよね。着物着てるっていうのがいいわねって言ってくれる。それがいいなと思います。洋服ってどんだけ素敵だと思ってもなかなか聞けないですよね。どこで買ったんですか、とか。


パリコレで許されるなら公道でも許してほしい

やっぱりかわいいものが好きなんで、かわいいものを着ちゃいますね。
ピンクが好きなんですよね。きゃりーぱみゅぱみゅとか、篠原ともえさんとか、ちょっとそういう、尖った人が好きでした。だから、自分を着飾ることが好きなんだと思います。
今日はここに行くぞって決めたら、行く場所のエッセンスを入れるのも好きです。写真展に遊びに行こうと思ったら、カメラ柄の帯を持っているのでその帯を軸に着物を考えようとか。
毎日着物を着るにしてもその日のテーマを考える日もあります。

カメラ柄の帯を使ったコーディネート
カメラ模様の帯と小物


私、洋服が苦手なんですよね。苦手っていうか下手なんです。

興味ない人との会話と一緒で、どう見ても下手くそで。ワンピースとかなら出来上がってるものを着ればいいんですけど、これとこれを組み合わせたらどうなるか、がすごく苦手。
苦手というか、私自身は気に入ってるんですけど、変な服だねとか言われるんです。まあ、そんなこと言うの、どう考えても失礼ですけどね。


それで、洋服下手くそだな、洋服って難しいなって思うんです。

好きな柄と柄を合わせちゃうんですよね。
着物だったら普通ですけど、洋服だとおかしくなる場合が多くて。
上手に組み合わせないと、芸能人が着たらありだけど、ちょっと無理、とか。パリコレでは許されるけど公道では駄目だよみたいな。
そういう時のパリコレを着たくなっちゃう。

私の思う「かわいい」と「かわいい」を組み合わせたらそうなっちゃうんです。でも着物は、「かわいい」と「かわいい」を組み合わせたらただ可愛くなるんですよね。合わない組み合わせなんてあるのかなってくらい。
格の違いはありますけど、そのぐらい着物って本当にファッションとして自由度が高いと思うんです。

うさぎさん

洋服も、柄と柄で組み合わせて外出ますし、変だねって言われます。おかしな服を着て、とか言われるんですけど、「うるさい」って思ってます。やめられないんですよね。

好きなことで、どう生きるか


でも私、結構、普通です。
好きなことしかやってないっていうだけで。

仕事を辞める前から好きなことしかできてないんですけど、たまにまともな人の言うことを聞いてみようかなと思っても、やっぱり自分の軸とずれると生きづらいな、自分のやりたいこと以外やるってしんどいなって思います。
何してる人って聞かれるとちょっとよくわからないんですけど、着付け教室、出張着付け、着物を着せてお出かけ撮影、占い、バイト・・・。
1個のことやると飽きちゃうんで、いろいろですね。好きなことして生きてる人って感じです。
何かね、ふわふわ生きてるんです。
でも、譲れない部分もある。けど譲れない部分以外は何でも譲ります。全然どうでもいいですし。

今後は、みんなにチャレンジしてもらうきっかけになることをやっていきたいんです。
着物を着たことない人が着物を着ることにチャレンジしたりとか、正統派着物の着方しかやってこなかった人が、和洋折衷のミックスコーデをやってみちゃおうかなとか、どんどんやってほしい。
そして、ファッションの一部として着物を捉えてもらえたらいいなと。
今日はワンピースにしよう、今日はデニムにしよう、今日は着物にしようって、カジュアルに着物を楽しんで欲しいなと思ってるので、そういうお手伝いができる人間になりたいです。

着付けをさせていただくたびに、自分の技術不足を感じるので、もっともっと技術を向上させていきたいなと感じてます。
もっともっと上手に、もっともっと早く。本当に日々勉強ですね。
あとは、やっぱり着物を通じて人と会いたいなって思ってます。
私にとって着物は、好きなものだし、人と関わるツールだし。なんか自己表現とか言うとちょっと大層すぎるなって感じもするんですよね。
私おばあちゃん子だったので、おばあちゃんと繋がれるツールでもあるんです。
もう亡くなっちゃったけど、自分が受け継いだ着物もあるから、そういう部分も嬉しい。

それから、着物を着始めて、痩せたんですよね
着物を着ると写真を撮るじゃないですか。いろんな人が撮ってくれた写真を見たときに現実をすごい目の当たりにして、ちょっと自己管理をしないとと思って。
もっときれいに着物を着たいと思ったら、努力ができるようになったというか、着物がもっと似合う自分になれるように頑張ろうって努力するようになったので、それは良かったです。

着物って、民族衣装と言われていますけど、(先進国で)民族衣装を着て生活してる国って、あんまりないですよね。
着物の衰退って言われることもあるけれど、他の国で民族衣装の衰退、と言われている国ってあるんでしょうか…
これだけ着物は売ってるんだから、そう思う人は買って着ればいいよねって本当に思います。確かにちょっと、Tシャツジーパンよりは手間ですけどね。
でもいいですよね、着物は、ずっと着続けたいです。知らない人にも着せたい。

どんどん、着物を楽しんで欲しいなと思います。あんまり難しく考えないで欲しい。
ここがこうじゃなきゃいけないとか、別にいいんじゃないのって。ちょっと崩れてたって愛嬌って思うから、もっと気軽に楽しんで欲しいなって思います。


思い出写真



あとがき

初めて会ったとき、りっぷるさんはうさぎさんでした。
インタビュー中は、とても穏やかでたまに切れ味の良いお姉さんでした。
着物を普段愛用する人々の中には、りっぷるさんのように(あるいはさらに自由に)着物を楽しんでいる方はたくさんいらっしゃいます。
着物という概念を愛する人々は、きっちりと着ている人も、自由に着ている人も、どちらも楽しんでいる人もいて、おどろくほど多様です。
そこにあるのは、共感じゃなくて共存。
着物だとか伝統という言葉にまとめ上げられる中にも、生きているのは着物というモノではなく、着る人、つくる人たちの感情。伝統は案外、不確実でふわふわしたものなのかもしれません。
さて、民族衣装を最も着ている文化圏はどこなのか、今後まとめてレポートすることを宿題といたします。

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