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デ・キリコ展でちくわぶに夢中になった話

上野にある東京都美術館で開催されているデ・キリコ展に行ってきた。

絵だけだと思っていたら、彫像も展示されていた。デ・キリコにも絵画でよく描いたモチーフを立体化する挑戦をしていた時期があったらしい。

マネキンの顔がついた甲冑の人、
脛に三角定規が刺さってる人、
肩甲骨から三角定規が生えている人など、
「ま、平面絵画だし、このあり得ない感じがいいよね」と大人ぶって丸め込みたくなるあれやこれやが立体化されている。

そんなとき、ちくわぶに出会った。


銀のちくわぶの謎

《ガニメデの愛馬》という作品の馬の足元に、円柱がふたつ転がっていた。

溝のある円柱形。鉛筆であれば芯がある部分に穴が開いている。ブロンズに銀メッキのため色はわからないが、どう目を凝らしても、ちくわぶ

ちくわぶのイラスト(縦横比合ってる?)


まさか本当にちくわぶなのだろうか。念のためちくわぶの発祥を確認した。
Wikipediaによると、明確な発祥はわからないらしいが、記録に残っているのが大正期、1924年の料理本。
デ・キリコは1888年生まれ、1978年没。日本の明治から昭和期を生きた画家だ。この時期に料理本に掲載されているくらいだから、生きた期間には確実に存在していたと推測される。

デ・キリコは気に入ったモチーフは繰り返す派の人だから、またちくわぶを登場させてくれるはず。期待をしながら順路を進むと、ちくわぶの謎は《室内の家具》の絵の前で解決した。

ちくわぶの神託

私が見たちくわぶは、ギリシャ神殿の柱が折れだものだった。折れた柱が土に埋まっている様子が青白く着色されている。

フレドリック・エドウィン・チャーチ《パルテノン神殿》

すると次々ちくわぶが絵画のモチーフとして登場した。

《アキレウスの馬》には白い着色の正真正銘のちくわぶ。
《イーゼルの上の太陽》の横に砂場?にも小さいものが刺さっていた。


こういうのがいっぱい出てくる(ナカザワ画)



最大限のちくわぶを見つけることを使命だと感じた私は、ちくわぶ探しに熱中し、タイトルやキャプションを読む前にちくわぶの有無を確認した。
平日で空いていたので、常識の範囲内で順路を戻り、ちくわぶ(神殿の円柱)を探す。
展示の最後の作品、《闘牛場の剣闘士》にもちくわぶがあることを確認し、伏線回収の満足感のまま去った。




デ・キリコは作品に同じモチーフを繰り返し登場させるので、《谷間の家具》で野晒しになっていた椅子に別の絵では人(?)が座っていることもある。第二のちくわぶを見つける楽しさも味わえそうだ。


ちくわぶに添えて

せっかくなのでちくわぶ以外に味わった魅力を3点添えましょう。

"デ・キリコ"っぽい世界観

一歩入ると朱色・黄色・青色の壁、アーチ状の壁。あー見たことある感じ!と思うような展示の雰囲気。各セクションの案内ボードがちょっとゆがんだ四角形なのにもこだわりを感じてときめいた。

当の本人は"デ・キリコっぽさ"など気にせず画風を変えまくったかと思えば、自ら昔の自分っぽい絵を描いたり、サインの制作年を数十年単位でサバ読んだりしていてよくわからない。(サインの年号とキャプションの年号が違う絵探しとかしてもいいかも)

でもそれがまた"デ・キリコ"っぽいなと思える世界観が素敵だった。


新旧の塔

序盤に塔の絵が2点展示されていた。
《大きな塔》(1915?)と《塔》(1974)。
同じ構図、カラーリング以外ほぼ同じだなと思って、新しい方に近づいて気づいた。
ちょっと明るくて軽やかだ。古い方は不安感と孤独感が強いような気がする。

後者は晩年に近い時期に描かれたもの。この人は年を重ねて幸せになれたんだろうか、と、尖ってた同級生が幸せな家庭を築いたことを知ったときみたいな気持ちになった。

寂しさのある《大きな塔》とルノアール風マネキンの《南の歌》をおみやげに


デ・キリコの人生

デ・キリコは90歳まで生きた。作品数が多く、ボリュームのある展示全てが本人の作品。
それだけに作風の振れ幅も大きいけれど、ニーチェの「神は死んだ」でキリスト教世界の終わりを味わったかと思えば、二度の世界大戦で人間やモノの価値が揺らぐ中を生きるしかなかった芸術家の一生を思えば当然なのかもしれない。

既存の価値観を信じるだけでは生きていけなくなってきた今の暮らしにも親和性があり、なんとなくデ・キリコへの親近感が増した。生きるのは楽しくて苦しくて、それは何十年何百年何千年も変わらないこと。

自画像の展示コーナーに展示されていた写真の中で、一枚だけ、デ・キリコがこちらに背中を向けているものがあった。

他の写真のようにポーズを取るでもなく、海を見つめるデ・キリコ。
いつもこの背中を見つめていた誰かのあたたかい目が写し取った一枚だったらいいなと思った。


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