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珈琲時間に繰り広げた思考。



幼いころのこと。


どう見ても緑なのに “青” 信号と呼ぶことが不思議だった。いつも横断歩道に立って登下校時のわたしたちを渡らせてくれるおばさんの制服はどう見ても紺色なのに、 “みどりのおばさん” と呼ばれていることが不思議だった。太陽はオレンジや白に見えるのに、歌の中では “真っ赤” と歌われ、赤ピーマンとは呼ぶのに ”緑” ピーマンとは呼ばないし、”青春” という文字を読んで、春って青いの?もっとあったかい色じゃないの?と不思議に思った。





他にも不思議なことは、たくさんあった。





父は甘党で、珈琲が好きだった。

透明なグラスに氷をガシャガシャとがさつに放り込み、コーヒーメーカーで淹れた、熱々の苦い褐色の液体を注ぐ。氷が驚いたかのようにパキッとかピシっとか何ともいえない音を立ててこれまたガシャガシャと溶け、グラスいっぱいだった氷が小さく、半量ほどになる。そこに母が作った透明なとろみのある何かを入れると、最初は混ざらずに蕩けてグラスの中を浮遊するのに、ストローで混ぜられるとその痕跡は消えていく。そうして少しだけ褐色が、優しい色合いになる。


苦いものをただ甘くするそれを、嚙むものでもないのに “ガム” シロップと呼ぶことが、とても不思議だった。










幼いころ。



世界は不思議なことで、溢れていた。
















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目が覚めた瞬間の体の軽さや氣怠さで疲れの度合いを知り、そこにカーテンの向こうの空が蒼穹であるのか重厚なコンクリートのようであるのかを掛け合わせることで、その日のコンディションが大雑把にわかるくらいには、大人になってしまった。


昔は、同じものを同じように飲んでいた、朝だった。


今は、なんだって自分の好みやわたしそのものが、中心にある。持つものも、食べるものも、思考も、価値観も、すべてにおいて。


珈琲にこだわりがある人は本当に強いものを持っている。けれど、わたしには特段のこだわりはない。薄めの珈琲が好き。いわゆるアメリカン。基本はブラック。といっても薄いので、きっと表現は “ブラウン” が近いのに、ブラックと呼ぶ不思議。薄味をアメリカンと呼ぶ、不思議。

甘くしたいときも、ある。でも、“ガム” 、お砂糖は使わない。入れるときは、はちみつかオリゴ糖で、ほんのり甘くするのが、好き。誰に教わったわけでもないのにこんな飲み方をするようになった、不思議。


一氣に飲み干して、急いで家を出ていた頃もあった。今は、ゆっくりカーテンの向こうの景色と、窓を少しだけ開けて近所の神社から聴こえてくる鳥の囀りに耳を傾けながら、猫舌が発揮されないようにそっと啜りながら飲むのがお決まり。何を見るでもなく、何を聴くでもなく、ただぼーっと、ゆっくり珈琲を飲む時間が、好きになった。


少し氣温が高くなってきて暑くなってくると、アイスコーヒーにしようかな、と思うときもある。けれど、自分で淹れるときは結局、ホットになってしまう。冷たいものはあまり得意じゃない。こんなことを考えるのと同時に、脳内漢字変換するとアイスコーヒーは冷珈琲と書きたいところだけど伝わりづらいだろうなアイス珈琲でもいいけどやっぱり全部カタカナのほうがしっくりくるかもいやそれは人それぞれか、などとどうでもいいことを繰り広げている。


時々、あのガシャガシャと珈琲を淹れる父を思い出す。苦いものが苦手なのに甘くしてまで飲みたいことが、不思議だった。酸っぱいものが苦手なのに梅干しを食べたがり、『酸っぱい…!』と言いながら食べることが、不思議だった。









『帰ったら飲むから置いといてくれ』と言って病院へ行ったきり、最期を迎えた父が、最後に珈琲を飲んだのは、いつだったんだろう。
















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指先と端末があれば調べたらすぐに結果が提供される世界で、物事の由来、歴史的物理的数学的はたまた心情的等々に基づいたあらゆる根拠を取捨選択し、頭を使って理屈で理解できるくらいには、大人になってしまった。







それでも。







解き明かせることもあれば、解き明かせない、こともある。







解き明かしたいこともあれば、解き明かしたくない、こともある。







鳥の囀りは消えて、しとしとと降る雨音を聴きながら、 “ブラウン” 色した好みの味の珈琲を啜り、脈絡も着地点もない思考を繰り広げた、朝だった。






こんなわたしの、感性の不思議。
君はいつも、どこから生まれてくるのだろう。







今でも世界は。







不思議なことで、溢れている。








flag *** hana



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