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羊文学に負けた男

テーマ「家族」

 家族の話などしている場合ではない。それほどの事態に今、私は直面している。いや、家族同然の者を家族という括りに入れていいのであれば、これも家族の話になるのだろう。私の恋人との話をしなければならない。だれか、私を救ってくれる者はいないのか。
 家族をテーマに何を書こうか考えていた。母が鬱病になった話? 兄妹揃って学校に行ってなかった話?? 陰陰滅滅すぎる。それにまだ、自分の中で過去を言語化できそうにない。ああでもないこうでもないと思案しているうちに学祭の時期を迎えてしまった。そうだ……学祭! 今年こそ彼女と一緒にまわらなければ!! 

 ありがたいことに私には1年以上付き合っている恋人がいる。黒髪にワンピース、黙っていればとても清楚に見え、まるで森見登美彦氏の小説に出てくるヒロインを彷彿とさせる。しかしこの黒髪の乙女、森見氏の小説に出てくるヒロインに負けず劣らず、文学的で思想が強く曲者なのである。
 まず1人行動が好きである。喫茶店に行くときも、映画に行くときも、旅行でさえ基本的に同行を許してくれない。2人で出かけている時、カラオケに行こう! となる。一緒にカラオケ店に入るが、それぞれ別の部屋を取り、そこで同じ時間だけ2人でひとりカラオケをして店を出る。これが我々のカラオケデートである。私はすっかり慣れてしまったが、店員はそうはいかない。神妙な顔をする者、驚きを隠そうとしない者、何か深い事情があるのだと察したような顔をする者……。もはや私は店員の表情を楽しみに、この頓智気なカラオケデートに付き合っているといっても過言ではない。いつか2人で1つの部屋を予約したいものだ。
 そして人混みが苦手である。大阪よりも京都、遊園地よりも鴨川、四条よりも七条。混雑の代表格であるユニバなどもっての外。私が友達とユニバに行った帰り、彼女の家に立ち寄った際、「ユニバ帰りの男とは一緒に寝たくない!」と危うく家から追い出されそうになった。人が多いところに簡単に行く人間のことも嫌いなのである。
 彼女は世間一般から人気があるものも嫌いだ。BTS、Saucy Dog、鬼滅の刃、旧ジャニーズ主演の映画等々。そのくせ一般的大学生に大人気の酒、タバコ、麻雀をコンプリートしている。読者諸君、こんなキテレツな文章を書く私である。私が非喫煙者でありタバコを苦手としていることは火を見るよりも明らかであろう。しかし彼女は喫煙者なのだ。

 閑話休題、この曲者と祭りを一緒にまわることがどれほど困難か、わかっていただけただろう。祇園祭の際は、一緒に見に行こうと誘うつもりであったが「あんな人の多いところ人間が行くところじゃないし代わりにその日は琵琶湖へ行こう」と逆にお誘いを受け予定を空けておいた。みんなが河原町に向かう中、自分たちだけ滋賀へ向かうというのは、それはそれで面白いな、と期待に胸膨らませていたところ直前になって「その日バイト入れちゃってたごめんね」と断られた。私はバイトに負けたのである。ここで私の燦然と輝く黒星の数々を紹介しよう。ひとり兵庫旅行に負け、カネコアヤノのライブに負け、名作映画のリバイバル上映に負け、アイドルオーディション番組の生配信にさえ負けた。
 散々な戦績ではあるが、学祭となると話は別だ。彼女はサークルで展示を行うので必ず大学に来なければならない。私も私でサークルの展示と模擬店の調理があるが、空き時間はある程度調整できる。こちらから誘うと、私の予想通りOKの返事が返ってきた。これはまわれる! 私の中で確信が生まれた。この後大敗北を喫するとも知らずに。

 学祭当日、ふたりの空き時間を合わせて一緒にまわることとなった。鶏皮餃子を焼くという大役を終えた私は、次に調理を担当する後輩への引継ぎをパパっと終わらせ待ち合わせ場所に向かう。彼女はすでにその場所にいた。人が多くうるさいからだろう、とても元気がなさそうだった。フランクフルトを食べたいと言ったので模擬店と人が集まっているところを目指す。その瞬間、それまでの喧騒を塗り替えるような爆音と歓声が中央ステージの方から湧いてきた。人混み、爆音、話題のもの、彼女が嫌いな要素すべてがそこに凝縮されているようだった。模擬店に向かっていたはずの足が止まる、嫌な予感がした。
「うるさい、やっぱ無理」
 気づいたら我々は、祭りを抜け出しガソリンスタンドに併設されているチェーンのカフェに来ていた。

「ごめんね、一緒にまわるって言ったのに」
 気にしないで、と返したがこの調子だと全日一緒にまわるのは厳しそうだ。だいぶ無理をしていたのだろうか、そこから彼女はひとりでカフェに来ているかのように一切口を開かなくなった。「祭りはあきらめよう」私は固く決心した。祭りがなくとも我々にはクリスマスがある! この冷たい気持ちと状況を切り替えるべく、私は話を切り出した。
「そうだ12月25日って空いてる?」
「その日は羊文学のライブに行くに」
 特徴的な鳥取弁でそう返される。大学のほうからまた一段と大きな歓声が聞こえてきた。私の中の龍祭とクリスマスが幕を閉じる音がした。こうして私は羊文学に負けた。

※この作品は、実在の人物と実話をもとにしたフィクションです。


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