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休日の日課と読書と9キロのねこ

朝8時半、私は狭さで目が覚める。

隣で寝ている夫が、私の布団に侵食してきているのだ。
「うううう」
私は呻きながらそれを押し返す。
夫は不満げに「んんんん」と言いながら元の位置に戻る。
敷布団で区切られた幅100センチメートルの空間は私にとっては聖域で、これを侵すことは、なんぴとたりとも許されないのだ。

布団からどうにかこうにか起き出したら、夫の作った朝ごはん(今日は昨晩の残り物のおかずとコンソメスープ)を食べて、食後にぬるいカフェオレを飲み、昼が近付くまで夫で暖を取りながらソファでゆるゆると過ごす。

昼にパーソナルトレーニングの予約を取っている。
私はいいかげんな服に着替えると、ダウンコートを着込んで、昼食を取らずに地下鉄に乗り込む。
休日はずっと寝ているか食べるかして過ごす私が、月4回のパーソナルトレーニングを契約したのは、夫と結婚してからのことだった。
四六時中好きな男性と一緒に居られるというのは、あまりにも満たされた境遇だった。
何か決まった予定を入れないと、一日中夫にべったりぶら下がって過ごしてしまう。
(寝るときはあんなに離れたがるのに、奇妙なことだ、と思う)
むろん、眠るのが好きすぎるあまり、運動不足で体が鈍ってもいた。

街中のジムに行くと、私よりいくらか年下の、前髪を上げた胸板の厚い男の子がトレーニングの仕方を教えてくれる。
実家で猫を飼っているという彼は、うちのねこは9キロもあってでっかいんすよお、と、ふにゃりと笑う。
言いながら、胸の前で大きなかたまりを抱きかかえるようなポーズを取る。
生ハムの原木くらいの大きさがある。
なるほど、たしかにでっかいですねえ。
私は言い、指示されるがままにダンベルを持ち上げて二の腕を鍛える。

トレーニングが終わると、私はうっすら汗ばんでいて、腕も太もももぷるぷるになっている。
ちょっぴり眠たくなりながら、近くのカフェで昼ごはんを食べて、そのままおやつと飲み物を頼んで読書をしたり文章を書いたりする。

今は山田詠美の『晩年の子ども』を読んでいる。
犬に手を噛まれた子どもが、犬に噛まれた人は狂犬病になって死んでしまうと知り、わたし死んじゃうんだ、と自分の命を省みる話。
主人公の狼狽に反して、周りの人たちがのんびり朗らかにしていて、そのコントラストが可愛らしい。

そうして素敵な文章を読んでいると、文章が書きたくなる。
それで、スマートフォンのメモ帳に日記とも何ともつかないものを書き始める。
推敲もせずに一気に書き上げるそれは、私の頭の中がつるんと飛び出してきたようでこころよい。

くたびれた筋肉と、あたたかい飲み物と、素敵な小説と飾らない日記。
淡々と繰り返す休日のルーティンが、平日の私を動かす源になっている。

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